笑わない男

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 苛立ったが仕方がない。私はそのまま乗って座り込んだ。すると先生は何も言わずに車を発進させたので、慌ててシートベルトを締めた。移動するなんて聞いてない。 「どこか行くんですか!?」 「ここだと人目が気になる。君も俺の車に乗ってたなんて見られたくないでしょう」 「それは、まあ」 「適当なところで停める」  そういった先生は、ハンドルを握ったまま黙った。そして数分運転したところで、言葉通り人気のない適当な細い道で車を停めた。私は何も言わず黙ったままだ。一体何の話があってこんなことをしているのか。聞きたいこととは何だろう。  停車した後、彼は前置きもなく、突然こんなことを言ったのだ。 「君視える人だね」 「……はい? 見える?」 「死んだ人が、視えるんでしょう」  思ってもみない言葉に、息が止まった。今まで家族以外は誰にも言ったことがなかったし、ましてや言い当てられたこともない。勢いよく隣を見てみるが、先生はこちらを見ることもなく、まっすぐ前を向いたままだった。 「え、あ、えっと、……あ、エレベーター?」
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