笑わない男

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 だが、これ以上聞いても答えてもらえないだろうと分かっていた。私は納得したふりをして、前を向く。 「分かりました。ご忠告ありがとうございます。元々祓うとかそういう能力もないから、無視するのが基本です。ご心配なく」 「ならいい。家はどこ」 「あ、えっとあっちの」  言いかけたとき、ふと視界に入った先生の肩に、白い糸くずが付いているのが見えた。深く考えることなく、私はその肩に手を伸ばした。 「先生、肩にゴミが」 「ひょっっ!!」  突然、そんな奇声が聞こえた。そして私の手を避けるように、彼は運転席の窓に体を押し付けた。驚きで手を止める。  変な声がした。でも、先生じゃないよね? だって先生が、あの藍沢先生が、ひょっなんて言うわけないもん。そうだよね。  心の中で言い聞かせながら、先生の顔を見る。彼は目を見開き、眉間に皺を寄せ、それはそれは凄い形相でこちらを見ていた。 「……あ、えっと、すみません。ゴミを取ろうとしただけなんです。どうも……」  しおしおと小さくなり手を引いた。あんな汚いものから逃げるみたいにされるなんて、さすがに傷つく。私はよっぽど嫌われているらしい。
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