笑わない男

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 普段、仕事で使うペンは着替えるときにロッカーに入れて帰るはず。なのに、今日はなぜか持って帰ってきてしまったらしい。先生と待ち合わせたことで浮かれていたからだろうか。あの時の自分に、冷静になれと言い聞かせたい。  私はそれを拾って言う。 「あ、すみません。なんで持って帰って来たんだろ」 「……」 「はっ! ち、違いますよ!」  私は慌てて先生に言った。彼は少し目を丸くして、きょとんとしている。 「これ、わざと落として、次また先生と会う口実にしようとか思ってたわけじゃないですから! ほんと、たまたま落としちゃっただけですから! 私は無害ですよ、これ本当に!」  他のギラギラ女子たちと一緒にされたらたまったものではない。私は必死に弁解した。  だって多分、先生はそういう手をさんざん使われた人間だ。女の計算高いところも分かってる気がする。少なくとも私はそういう女ではないと分かっておいてもらわないと。そもそも、元々はあなたのこと怖かったんですよ。  私の弁解を聞いて、先生は少しだけ目を細めた。そして、どこか柔らかな視線で言う。
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