突然の別れ

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 視線が背中に突き刺さってる、そんな表現がふさわしい感覚だった。誰かが見てる、見てる上で、『こっちを見ろ』と呼んでいる。相手が、必死に私を見つめている。  振り返らずステーションに向かうのは簡単なことだった。今までの私ならそうしてきただろう。  それでもこの時はなぜか、振り返ってしまった。見えない力が私をそうさせたのだ。  目に入ったのは淡い水色の病衣。甚平タイプのそれは見慣れたものだ。足元は裸足で、真っ白な足先が寒そうだと思った。やや伸びた爪が見える。少し膨れたお腹のわりに、細い手足とこけた頬。グレーの短髪が見えた。  その顔を見たとき、自分の息が止まる。  じっとりとした目でこちらを見つめるその人は、私が今朝見送った人だった。  山中さん……。  生前私に笑いかけてくれていたのとはまるで別人の山中さんだった。  いつだって笑顔で軽口を叩いていた山中さん。お喋りで優しかった山中さん。そんな彼はどこにも見当たらない。ただ恨めしそうにこちらを見ているだけだ。
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