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 平日の午後、伊狩琉門(いかりるもん)は広めのリビングの真ん中に置かれたロッキングチェアに腰かけ、ゆらゆらと揺れていた。庭が一望できる大きな窓からは柔らかな太陽の光が差し込んでいる。 「琉門先生、お仕事は?」 「筆が進まないんだ」  琉門の家の家事手伝いをしている永濱佐和(ながはまさわ)がリビングに入るなり、文句を言った。洗いあがった洗濯物を山のように入れた籠を抱えている。 「もう」  佐和はドスンと籠を床に置いた。  琉門は小説家である。十年ほど前にとある文学賞で新人賞を獲って華々しくデビューすると、その本はたちまち重版になった。その後も人気は続き、今や立派な有名作家の一人だ。 「そうだ、先生。夕方四時ぐらいに担当編集の矢萩さんがいらっしゃいますよ」 「どうせ、新連載の話だろう。君が適当にあしらっておいてくれ。僕は駅前で時間を潰してるから」 「ダメです。もし今日それやったら三回目ですよ。優しい矢萩さんでもいい加減怒りますって。もしかしたら、新連載どころか今後本も出せなくなっちゃうかも」 「それなら心配無用さ。自分で言うのもあれだけど、僕はあの出版社の代表作家だ。向こうだって僕を切ったら損だよ」 「わたしも先生みたいな自信が欲しいです」 「大丈夫。君は家事も丁寧だし、僕の仕事は捗ってる。自信持って」 「サボってる人に言われても説得力ないですね」 「サボりじゃない。英気を養ってるんだ」 「仕事が進んでないのは一緒です。無駄なところで豊富な語彙力発揮しないでください」  佐和は洗濯物を庭の物干しに干し終わり、空になった籠をまた抱えた。 「わたしが籠を戻しに行ってる間、外に出ないでくださいね!」  佐和は過剰な忠告をした。琉門は担当編集からの脱走の常習犯なのだ。
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