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それから数日後。琉門は出版社に来ていた。会議室に通され、正面には担当編集の矢萩がにこにこして座っている。
「いやー、良かったです。新連載のオーケーが出て。編集長も大喜びです」
櫂は手を揉みながらそう言って、会議が始まった。
結局、あのあと、琉門は新連載の企画を受けることにした。櫂に電話でそのことを伝えると、本当ですか! と声が割れるぐらい大声で喜んだ。やっと熱意が通じましたね、と彼は言ったが、琉門の決意のきっかけは別のところにあった。少し申し訳ない気持ちがしたというのは内緒だ。
「ところで、先生が書く『青春恋愛小説』ですが、構想はございますか?」
「いや、まだ何もネタがなくてね。何しろ、書いたことのないジャンルだからどう書いたら良いものか……」
「そうですよね。まあ、僕はスタンダードが一番良いと思うので、胸キュン要素たっぷりの少女漫画的な作品もありだと思います。今回は新しいファンの獲得も目的の一つですから、これまで先生が描いてこなかった方向性を狙うのも面白いかと」
「確かに、ベタなものは安定性があるからね」
「おっしゃる通りです」
すると、櫂は言葉の通り、視線を琉門の横に移した。
「佐和さんはどう思われますか?」
櫂は何の疑問もなく、さも当然かのように佐和に話を振った。当の彼女も、特に緊張することもなく、腕を組んだ。
「わたしだったら、興味はありますが、ただの胸キュンでは先生らしさが消えてしまうと思います。これまでシリアス路線の話が多かったでしょう。琉門先生のそういうところが好きっていうファンの人も多いと思うんです。実際、わたしもそうですし。だから、完全に舵を切るんじゃなくて、あくまで先生が描きたいことをメインにちょっとずつ恋愛要素を入れていくっていう方向性が良いと思います」
「なるほど。流石、長年先生の作品を読んでる方は違いますね!」
「いえいえ、わたしは素人ですから」
佐和は照れつつも謙遜した。
今回の新連載のネタ出し会議には普段は仕事に直接は介入しない佐和も参加することになった。これは他でもない琉門の発案だった。
それは佐和が香澄に会い、琉門があおに会った日のことである。各々バラバラに帰ってきた佐和と琉門は偶然同じころ、琉門の家に戻ってきたのだ。
リビングの真ん中で二人は互いに見合った。
「「あの」」
二人同時に話を切り出した。
「君が先でいいよ」
「先生こそ、何ですか」
しばらくの沈黙のあと、相手の言うことに従ったのは琉門の方だった。
「……新連載、受けることにするよ」
「え!」
「どうして驚くんだ。君がやれやれって言ったんじゃないか」
「だって、わたしは、やっぱり受けないで良いですって言おうとしたので……」
「何だい、それ」
「外に出て、お互い意見が真逆になっちゃいましたね」
それから二人は互いに外であったことを話した。佐和は自分の好きな作家には好きなものを書いてほしいこと、琉門は作家でいるためにはビジネスも受け入れなければいけないこと、を。互いは互いの話を真剣に聞いた。
二人が話し終わったあと、最初に口を開いたのは琉門だった。
「永濱くん。新連載の話を受けることにしたら、君もネタ出し会議に入ってくれないかい?」
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