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「いえいえ、と言いたいのは僕の方ですよ。佐和さんは担当編集の僕なんかよりもずっと先生の作品に詳しいです。もはや専門家です」 「それ、作家本人の前でよく言うね」 「先生だって本当は思ってるくせに。佐和さんを雇ったのだってそれが理由でしょ」  琉門は言い返せなかった。図星だったのだ。彼はぽりぽりと鼻の頭を掻いた。  終始和やかな雰囲気で会議は進み、小一時間で話がまとまって解散の流れになった。 「はあー。思った以上に良い感じにまとまりましたね。楽しみです」  会社のロビーまで見送ってくれた櫂はそう言った。初めてのネタ出し会議を終えたばかりの佐和には良し悪しが分からなかったが、編集者的には満足だったらしい。  佐和は隣に立つ琉門も見たが、彼もまたご機嫌だった。書けそうな気がしているみたいである。 「すみませんね。本当は駅までお見送りしたかったんですが、僕も次の会議がありまして」 「気を遣わないでくれ、矢萩くん。しっかり案を練ってくる」 「期待してます」  そのあと、佐和と琉門は櫂に改めて礼を言うと、出版社を後にした。  二人は駅までの道を歩く。昼間の駅前は人々が働いている時間というせいか、人はまばらだった。真っ昼間から出歩く二人は何となく申し訳ないと思うのと、自由の身だという優越感を共有していた。 「先生、わたし楽しいです」  佐和は言う。 「ただのファンだったのが、先生の作品に参加できるなんて」 「僕こそ嬉しいよ。君と一緒に作品を書けることが」  二人は何か壁を突破したような開放的な気分だった。それはただ真っ昼間から駅前を歩いているからだけではない。二人が各々抱えていた見えない壁を本当に一つ乗り越えたからだった。  ビルの間を抜け、駅が真正面に見えた。そこに広がる空は作家とファンの二人の新たなスタートを祝うような快晴だった。
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