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「トゥルーデの旅はここまでにしましょ」
魔王城を目前にした深い森。毎夜おこなわれていた焚き火を囲んでの会議時に、勇者が言った。
突然ではあったけど、驚きはなかった。そうだろうなと、もうすぐお別れなんだろうなという予感はあった。もともと、そういう約束だったから。
「……城に入ることはできないの?」
「やめたほうがいいとアタシは思うけど、ドルガの意見は?」
勇者はチラリと、わたしの護衛としてついてきたドルガランを見る。
「そうだな。許可はできない。城に入るどころか、近づくだけで危険すぎる」
首にかけたネックレス型の瘴術具を片手に持って一瞥し、同意を示すドルガラン。
わたしも同様に瘴術具を確認する。かすかな鎖が擦れる音。わたしたちの生命線。旅の必需品。これがないと、わたしたちは魔物になり果ててしまう。魔王城からあふれでる瘴気に呑まれ、ニンゲンでなくなってしまう。
「ドルガは賛成。アタシも賛成。ってなると、アンタ次第で揉めることになるわね」
勇者は面倒そうに息を吐く。
まとまらなきゃいけないとき。多数決になったとき。そういうときに決まって場を荒らしたがるお調子者が、勇者パーティに存在した。
「いや~、オイラも揉めたくて揉めてるわけじゃなくてね? そのほうがおもしろいかな~とか、結果的にそのほうがよさげかなってのを考えた上で遊んでるのよね~」
魔王討伐の旅でさえ遊びと称する異端児。王宮を震撼させた災厄。存在するはずのない、もうひとりの勇者。召喚当時は「世界はそれほどまでに逼迫しているのか」「今代の魔王はそれほど強いのか」と騒がれたが、だいたいは女勇者のチカラだけで解決してきたこともあり、いまではただの異例事象扱いされている。
「んでもまぁ、さすがにこの先遊びですむかってなると、オイラも賛同しかねるかなぁ」
頭の後ろで手を組みながら、伐り倒した丸太に寄りかかる遊び人。勇者は安堵したように頷き、
「それじゃ、三対一でパーティ解散に決定。明日の魔王城攻略および魔王討伐はアタシとバカの二人でおこなう。ドルガはお姫様連れて王宮に帰還。オーケー?」
「ああ」
「異議な~し」
「ちょっと待って!」
三人の視線が突き刺さる。当然だろう。このタイミングで異論となれば、どんなワガママが飛びだすかなんてわかりきっている。けど、わたしだって引きたくない。ギュッと強く、服の裾を握る。深く呼吸をし、不退転の意志を込めて、顔をあげる。
「わたしも城に入りたいとか、魔王と戦いたいとか、そんなことは言わない。だけどせめて、見届けさせて」
「見届ける?」
「ええ。ここから応援するから、無事を祈ってるから、最後まで仲間でいさせて。それで、帰りも、一緒に」
それが、せめてもの願い。わたしが自由に世界を歩く機会は、きっとこれが最後。その最後の最後まで、お転婆なお姫様でなく、勇者パーティの一員として生きていたい。
「……どう思う?」
「危険だな。ここはもう魔王城の近く、瘴気も濃ければ魔獣も強力なのが多い。長居するべきではないな」
「そーそー、長居は危険よこんな暗くてジメジメした過ごしにくいとこ。だからいまからソッコーでぶっ倒してくりゃ問題ないっしょ」
「貴様はまた場を荒らすことを……」
「アハハ。そのほうがおもしろいっしょ? 撤退に納得いかない姫様が無茶しても困るしさ」
ケラケラと笑う遊び人に、額を押さえるドルガラン。勇者は考え込むように口元を手で覆い、
「城の破壊はどこまで許される?」
「あれは封印の一種らしい。極力破壊は避けてもらいたい。が、何度も討伐が繰り返された歴史上において壊れたという報告も記述もない」
「なるほどね。安心ではあるけれど、ショートカットもできないか」
「入ってすぐ魔王がいりゃラクなんだけどねぇ」
むぅ、と眉をひそめる勇者。空気もすこし重く感じる。やっぱり、言うべきじゃなかったか。我慢すればよかった。我慢なんて慣れてるし、なんて言ったら王宮の人に呆れられそうだけど、これでも一応姫として我慢するところは我慢してるつもりだ。わたしは首を振り、嘆息し、観念したように口を――
「姫様さぁ、そんなに勇者ちゃんを待ちたい?」
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