第三章

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第三章

 そして誕生会は次の日、その次の日、また次の日と続いた。  キープアウトのテープを越えると、黒焦げの玄関がある。  今夜こそ言ってやらないと。  ススだらけの階段でフラつく。  焼け爛れた部屋。  いつまでこんな事をしててはダメだのは分かっている。  離れたくない。  ‥‥せめてアイツが気が付くまで。 ーーーーーー  一か月前、このアパートで放火事件があった。  数人が逃げ遅れ死亡した。  アパートを放火した犯人は今も捕まっていない。 ーーーーーー  マモルとサトルは今日も誕生会の準備をする。 「こんなもんかな」 「ユウキが来るぞ!」 「やあ‥‥」  ユウキが真っ黒な右手をゆっくり挙げて挨拶をする。  げっそり頬がこけており、落ち窪んだ目がギョロリとこちらを見ている。 「誕生日おめでとう!!」 「誕生日おめでとう!!」  サトルとマモルがクラッカーを鳴らして出迎えた。  ユウキはしばらく黙っていたが、二人を見ながらはっきりと言った。  「毎日誕生日をやってくれてありがとう。 もういいよ。お別れだ。解散しよう。さようならしよう」  マモルとサトルはギョッとして目を見張った。 「さようならなんて言うなよ。俺たち親友だろ?」 「そうさ、親友だ」 「だったらこのままでいいじゃないか」 「俺だってお前らと別れたくない。 でも‥‥」 と言って暫く口籠っていたが、 「もう死んでるんだよ!! こんな事続けてたって、しょうがないんだよ!!」 と叫んだ。 「死者ってお前‥‥」  今度はマモルが口籠る。 「‥‥そうか、思い出したか」  サトルが意を決したように、口を開いた。 「そう、あの日もこのアパートでユウキの誕生会をしていた。 その時このアパートが火事になってユウキ、お前は焼け死んだんだ」 「‥‥」  マモルがそのあとを受けて話出した。 「あの火事の時、寝ていた俺たちを必死で運んでくれたおかげで、俺たちはこうして生きてるんだ。 お前が『逃げろ!!』って叫んで、火の中に消えて行く姿が今も頭から離れねえ。 見殺しにしてしまって、すまなかった」  マモルは床に頭を擦り付けて謝った。  サトルが続ける。 「お前はいつでも自分を犠牲にして俺たちを守ってくれた。 今もそうだ。 俺たちを案じて別れようとしている。 毎日誕生会をやっているのは、そんなお前の供養のためだ。 この会は、俺たち二人がお前を一生忘れないという誓いでもあるんだ」  ユウキは首を振った。 「いや、おれの方こそだ。 ぼっちだった俺を友達にしてくれたお前たちに感謝していたんだ」  サトルとマモルがユウキを抱きしめた。 「俺たちも、不器用でも一生懸命生きてるお前に勇気づけられた。 見えないヤツらとも友達になろうとしたよな? 俺たちそういう不器用なとこ、嫌いじゃない。 だからいつかここに来てまた飲もう。 さようならなんて言うなよ」  ユウキは二人を押し返し、言った。 「もう来ない方がいい、もうすぐここも取り壊される」  ユウキは喉から絞り出すような声で言った。  マモルは泣きながら言った。 「じゃあ、今日はお前が来世で生まれ変わる誕生日にしよう。 誕生日のお祝いしてからお別れしても遅くないだろ? 生まれ変わっても友達になろうな。 お前がどんな人間に生まれても俺たちの友達だ」  ユウキも泣いていた。  ごめん、ごめんと言いながら。  それから三人は、朝まで飲んで騒いだ。  走馬灯のようにに流れ行くたくさんの思い出と共にーーー。
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