Isaac

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    自嘲気味になる山伏は、目を獣のような鋭い目に変える。まるで1匹で森を生きる狼のようだ。凍った背筋は動かなくなった。目を背けたくなる。冷や汗をかきながら、しっかりと山伏を見つめた。 「それでも」  山伏は胸を掴むと、強く言い放つ。 「私を必要としてくれる人がいる。私はその人たちのために救いの手を差し伸べたい。たとえそれが苦難の道だとしても」 「……お前はなぜそこまで他人の為に動く」  山伏の顔つきが変わった。張り詰めていた空気は、糸が切れたように穏やかになる。菩薩のような表情を見せると、沈着な態度を見せた。静穏が立ち込めた。 「和尚様は私を南蛮人ではなく、一人の人間として見てくれました。その恩を今度は皆に返すだけです」   すると突然、山伏は立ち上がる。おい、と声をかけるのだが、返事はない。 「この寒さでは彼が危ない。彼は若い妻を持ちながら、不治の病にかかっています。私はすぐに去ります」 「やめておけ、その怪我では持たないぞ。せめて、せめて日が照ってから……」 「わかっています」   山伏は獲物を狩るような目をしてから、微笑む。俺は咄嗟に細い腕を掴んだ。山伏は俺の顔を引き寄せた。俺の唇と自身の唇を合わせる。驚いて掴んでいた右手を離す。山伏の両手は俺の頭を掴み、決して離さなかった。山伏の小さな舌が動き、それと同時に口の中に痺れる感覚がした。咄嗟に山伏を突き放す。 「おま、え……」  
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