カミングアウト

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佐藤(さとう)龍二(りゅうじ)、26歳。 現在、社有車にて上司と八ヶ岳方面へ走行中。 今日の上司は珍しく口数が少ない。 高速を降りてからは一言も話さず窓外をぼんやりと見ている。 上司が『ぼんやり』している姿を初めて目にする。 普段の両刃の剣の様に切れ味がよい姿からは想像もつかないほど新鮮な光景だ。 社内では『ソードマスター』と憧れを込めて呼称されている。 そろそろ声を掛けてみよう。 初めて目にする上司の姿が気になり運転に集中できない僕は、脳内で業務報告を打ち込む様に独り言ちしていた。 「神崎さん、空気が気持ちいいですね。車にして正解でしたね」 「・・・・」 僕は前方に車がいない事を確認してから助手席の上司をチラリと見た。 心ここに(あら)ずの表情で開けた窓から指先を少し出し風を感じている様だ。 「神崎さん?聞いてます?休憩なしでこのままホテル直行しますか?」 「・・・・」 またもや無視なのか、聞こえていないのか返事がない。 「僕、トイレに行きたいからコンビニ寄りますね」 僕は上司の返事を待たずに道路沿いにあるコンビニの駐車場に車を停めた。 「あれっ!寄るの?コンビニ」 正気に戻った。 「はい、トイレに行ってきます。何か欲しい物ありますか?コーヒーでも飲みます?あっ、それともご当地飲料とか見てきましょうか?」 「う~ん、コーヒーにする。ホットがいいな」 鞄からプリペイド式の電子マネーを取り出し、すっと僕に手渡す。 こういう所が実にスマートでかっこいい。 「いいですよ。何だか元気ないから僕のおごりです」 たまには僕にもかっこつけさせて欲しい。 「そう?じゃ、お言葉に甘えて、お願いします」 やっぱり、おかしい。 普段なら市場調査と称して車から降りない事などない。 しかも、支払いを甘えるとまで言って車中待機することもない。 体調が悪いのではないかと思いつつ、僕は上司を車に残し店内に入った。
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