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チャプター1
2033年、格安の犬猫翻訳機が子どもたちの間で大流行した。
一
「ねえ、花丸。啼いてみてよ」
と、朝から少年の元気な声が聞こえてくる。呼びかけられたのは、猫の花丸だった。
当の花丸は居間の日当たりの良い場所でうたた寝をしている。最初、少年の呼びかけを相手にしていなかったが、何度も名前を呼ばれると煩くてかなわない。面倒臭そうに目を開けた。
少年がすぐ眼の前でしゃがんでいた。花丸に向かって何かを差し向けてくる。よく見れば、テレビリモコンに似た細長い機械だ。花丸にとって初めて見る代物だった。無意識の内に、鼻を機械の方に近づける。臭いを嗅いでみた。どうやら食べ物ではないと気づくと、そっけない顔をみせた。
「ほら、花丸。何か啼いてみて。ちょっとでいいからさ」
眼を輝かせながら、少年がせがんでくる。とはいえ、いきなり啼いてみせろと言われた花丸は、憮然とした顔になった。この中年小太りで茶虎の猫は、めったに啼かない。食事時か、少年の母親に甘える時ぐらいだろう。今日はすでに朝食を食べ終え、母親も働きに出てしまっている。花丸は少年に向かって特に啼く用事は無かった。
少年は小学3年生、学校は冬休みに入ったため、此処数日ずっと家に居る。少年と花丸とは、少年が生まれて以来ずっと一緒に居る間柄であり、まるで実の兄弟の様に親しい。もちろん、少年が家にいてくれて花丸も嬉しいのだが、昼寝の邪魔をされることは勘弁してほしい。花丸の気持ちを知らずか、少年はしつこく機械を向けてきている。不承不承、花丸は一声ニャオと気持ちを込めずに啼いてみせた。
花丸の啼き声に、少年が手にしていた機械が反応し始める。ランプが点滅し、小さな液晶画面にカタカナ文字が表示された。
ーーカカッテコンカイ。
機械が示した突然の言葉に、少年は声を失う。画面から花丸に視線を移すと、恐る恐る尋ねてきた。
「花丸? どうしたの?」
少年の顔は少し青ざめていた。一方の花丸も、少年の異変に気づく。兄貴分として心配になるも、一体、何が起きたのか分からない。弟よ、どうしたんだい? と気にかける様に、花丸はニャオともう一度優しく啼いた。
再び、花丸の鳴き声に機械は反応をしめす。液晶画面の文字が更新された。
ーーコンチクショウ!
驚きのあまり、少年は機械にある別のボタンを押してしまう。途端に、スピーカーから表示された文字が今度は音声となって流れ出す。
「コンチクショウ!」
突然の音声に花丸は飛び上がる。一体、何が起きたのか検討がつかない。ひとまず退散とばかりに居間から隣の台所へと、少年の元から離れていった。
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