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「仕事はどう?やっぱり大変?」
実家のソファでTikTokを見ていたら、どこか誇らしげに、お母さんが聞いてきた。
「うーん。まあまあかな」
スマホから視線を上げずに私は答える。
「そりゃあそうだろう。香織は東京のでかい会社で働いてるんだ。俺らとは違うさ。なあ?」
嬉しそうなお父さんに、
「いやいや、大したことないよ」と作り笑いで首を振る。
悪意の一切ない、純粋無垢な両親の期待、大企業で働く私に感じている誇り、そんなものが邪魔して、家族には仕事を辞めたなんて言えなかった。
悪意がないから余計にタチが悪い。
家族とは話せない。
でも、誰かと話したかった。
【何してる?】
私はすがるように、一年ぶりに亜希にラインした。
でも、遊ぼうとは言わなかった。それはしょうもないプライド守るための、ちょっとした悪あがきだったのかもしれない。
なんで亜希に連絡したんだろう。
ただ話したいだけかもしれない。あるいは、自分より、下の人間を見て安心したかったのかもしれない。
いずれにしても私は都合がいい人間だ。
【家いるよ。帰ってんの?いつものトリキでいい?】
亜希からはすぐに返事がきて、当たり前のように飲みに誘われた。
【おっけー。10分くらいでいくわ】
すぐに家を出る。
亜希は、今の私を見てどう思うのだろう。
5月の頭だと言うのに、夜風が少し肌寒かった。
少し緊張しながら鳥貴族の入り口ドアを開けると、先に亜希が席についていて、私を見つけるとパッと手を上げた。
「めっちゃ久しぶりじゃない?この一年忙しかった?」
まるで一年前の続きみたいに、亜希は滔々と話すから、なんだか拍子抜けしてしまった。
「あ、うん」
上着を脱いで、席に座る。
「そっかーそっかー。大変そうだね。ねえねえ何食べる?トリキ、メニュー変わったの知ってる?」
「え、そうなの?知らない。ポテサラはある?」
「ポテサラはねー、あります」
もったいつけるような亜希の口調に、「なにそれ」と吹き出した。
「ポテサラあれば十分でしょ」
すぐにビールがきて乾杯した。
「そういえばさー」と亜希が思い出をはじめる。
またか。
と思うと同時に懐かしい気持ちになった。
それから、久しぶりの思い出話は意外にも盛り上がった。
「えー、本当に?そうだっけ?」
「そうだよ!都合悪いことはすぐ忘れるなー」
「いやいや覚えてるって!」
「昔からそうだよなー香織は。都合が悪いことはすぐ忘れる。で、都合がいいことは絶対忘れない」
本当にあの日の続きみたいだった。
でも、私の気持ちは違った。
久しぶりに、本当の意味できちんと人と話したかもしれなかった。私ってこんなに喋るんだって自分でも驚いた。
話題は、最近見てるYoutuber、Netflix、それともう何度もこすりたおして擦り切れそうになっている私たちの思い出。
そればっかり。
それだけだった。
なのに馬鹿みたいに盛り上がって、私が仕事辞めたことなんて聞かれそうになることも、ほとんど話す隙もなかった。
「私さ、仕事辞めたんだ」
3杯目のビールを飲み終えたタイミングで、まるで口から溢れるみたいに言った。
その瞬間ちょっと肩が軽くなって、私誰かに言いたかったんだなって気づいた。
「え、そうなの!じゃあ今無職?」
うん、と私は頷く。
「そうなんだー。じゃあしばらく休養だね」
「でも、無職ってやばいでしょ?転職しても絶対ランクダウンだし、まじへこんでるんだいま」
「まあへこむよねえ」
「うん。人生詰んだかも」
「はは。そんなことないよ」
「うーん。まあね」
弱弱しい私の返事を聞いて、
もう一度、「そんなことないって」と亜希は声を出さずに優しく笑った。
それが、ここに居ていいって言ってくれてるみたいで、やけに心強かった。
多分、亜希にとっては私がどんな仕事をしてるかなんて、あんまり関係ないのかなって思ったし、そうだったらいいなとも思った。
「うん。あのさ」
「なに?」
「ありがとね」
「お、ここ奢りですか?」
と亜希がおどけたところで、
「お待たせしましたー。ポテサラです」
と話を切るように、テーブルの上にさっき食べ終わったばかりのはずのポテサラが現れた。
「え?また頼んだの?何皿目?」
呆れたように、亜希は顔をしかめる。
「四皿目。だって美味しいんだもん。あってかそういえばさ、ポテサラといえば大学のときさーー」
久しぶりにゲラゲラ笑った。こんなにくだらない話題でよくこんなに話せるなって思う。
話すのは、最近見てるYoutuber、Netflix、それともう何度もこすりたおして擦り切れそうになっている私たちの思い出。そればっかり。
それだけ。
仕事の話とか、未来の話とか、生産性のある話なんて一つもない。
ほんっとくだらない、無駄な時間。
でも、心地よかった。
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