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「小学校のときさ、ショッピングセンターの前にベンチがあって、そこで異様に安いカップラーメン食べたの憶えてる? 香織も好きだったやつ」
ジョッキにまだたっぷり残ったぬるそうなビールを舐めるようにちびっと飲んでから、思いだすように亜希が言った。
「あー、食べたね。懐かしい。ブタのやつね」
すぐ、そのカップラーメンのデザインが思い浮かぶ。豚骨ラーメンだからか、可愛らしいブタのイラストが描かれていた。
「ね! こないだコンビニで見つけて、思いだしたの」
焼き鳥を串から外しながら、楽しそうに亜希は話すけれど、この話題の何がそんなに面白いのか私にはわからなかった。
「今でも売ってるよね。でも、今食べても美味しくないんじゃない?」
「うん。買って食べてみたけど、全然美味しくなかった」
芝居がかったように、亜希は顔をしかめる
「やっぱり?思い出って美化されるよねー。言っても10年以上前でしょ。もう私たちも23だよ? 怖いわー」
この辺りも随分変わった。話に出たショッピングセンターだって今はもうない。あの頃とは何もかもが違う。私たちだって、そうだ。
「ほんとにあっという間。味覚も変わったんだろうね。あのときなんであんなにハマってたのかぜんぜんわかんない」
そう言ってから、亜希は串から外したつくねを口に放り込んで、
「たださあ、なんか安心したんだよねえ。あの味に。全然美味しくないのにさあ」と続けた。
「ははは」
なんだそれ。全然わかんないわ。
そんな気持ちは押し殺して、私はもしかしたらバレても構わないやというくらいの温度感で愛想笑いをした。
私が社会人になって一ヵ月、研修が終わった直後のゴールデンウィークに地元に戻って、小学校からの友達だった亜希と地元の鳥貴族に来た。というか、この町には駅前の鳥貴族しか居酒屋がない。
「そういえばさ、この人知ってる?」
愛想笑いに気づいたのか気づいてないのか、亜希が話を変えてスマホで画像を見せたYouTuberは、私が入社前に会社の同期とハマって、もうとっくに熱が冷めた人だった。
「ああ、知ってるよ。好きなの?」
うんざりしながら一応そう聞くと、「うん! この人の動画見ないと最近寝れないんだー」と楽しそうに亜希は答える。
退屈。
亜希との話は、退屈そのものだった。
高卒で地元の会社に事務として入社した亜希の人生と、それなりに偏差値の高い東京の私立大学(それも花形の政治経済学部)に入って、名の売れた広告代理店に華々しく入社した私とではすでに人生が全然違っていた。
小学校からの縁で、大学時代から地元に帰るたびに亜希とは会っていたけれど、亜希の話はいつも同じだった。
最近見てるYoutuber、Netflix、それともう何度もこすりたおして擦り切れそうになっている私たちの思い出。私たちが一緒に通っていた中学を卒業してからずっとそう。
会社の同期と話しているような仕事の話とか、将来の話とか、情報交換とか、そんな生産性のある話なんてひとつもなかった。亜希の世界はこの狭い地方の田舎町で完結していて、亜希が辛うじて外界と繋がっているスマホで見てるYoutubeや、Netflixも、正直私とその周りの流行からは周回遅れで、亜希から得るものは少しもなかった。
仕事の話とか、未来の話とか、生産性のある話、ひとつもない。
亜希には悪いけれど、正直、本当にくだらなくて、何の役にも立たない時間だ。
人は成長すると付き合う人のレベルも変わる。だから、亜希とはもう話が合わなくなったんだと思った。
なんのメリットもないし、もう亜希と会う意味なんてない。
今度からこっちに帰ってきても、亜希には連絡しないでおこう。
長かった亜希との縁も、いよいよもう終わりだ。
亜希の話に適当に相槌を打ちながら、私は早く帰りたくて、グラスに残ったハイボールを一気に飲んだ。
東京に戻って、速攻会社の同期とご飯にいった。研修でやったデジタルマーケティングの話をして、なんか安心した。いきたい部署の話とか、やりたい仕事の話をした。私はクリエイティブ部にいって、人を感動させるような広告が作りたいと語った。一番仲のいい同期は、営業としてナショナルクライアントと関係値を築いて、その人脈を活かして起業したいと高らかに宣言した。
もう、もしかしたら亜希に会うことは二度とないかもしれないなって思った。人は同じレベルの人と付き合うようになるって聞いたことがある。亜希と私とでは、もうレベルも何もかもが違ってしまっているのかもしれない。
ゴールデンウィークが明けたら、配属発表だ。私たちの輝かしい社会人生活が始まるのだ。
お酒を飲みながら、希望に溢れた私たちの未来を夜通し同期と語り合った。
それから数ヶ月、配属前に思い描いていたキラキラした自分は、どこにもいなかった。
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