【短編】とある雇われ治癒師の戦場

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 私は戦場という名の瓶底にいる雇われ治癒師だ。  魔王軍との戦がはじまって二千と飛んで八十六日。今日も今日とて最前線近くの基地で馬車馬のように働いている。  何しろ仕事には事欠かない。テントは次から次に運ばれてくる負傷者であふれ返っている。まだ息のある奴、辛うじて息があるらしい奴、あと少しで事切れる奴、ついさっき引き取った奴。  おっと、ラストの奴は場外へご案内だ。さすがの私も蘇生魔法は扱えない。 「イリア師、お願いします!」  そら来た。ぼこぼこに穴が開いてやがる。  おや。こいつ、私を見て息を呑んだぞ。  まあ戦場にこんな美人がいるとはね。さぞ驚いたことだろうよ。  さてさて、いやまいったな。治癒魔法を唱える先からどんどん血があふれてきやがる。補助士が布切れを当てるが秒で染まる。  ふむ、まあ落ち着け。なんとかならないこともない。  大きく息を吸ってちょっと強めの呪文を唱えた。むわっと立ちのぼる厭な臭気とともに、熱い肉が内から盛り上がる。自分の肉が再生する痛みで、そいつは地獄のような悲鳴を上げる。殺してくれ、もう戦いたくないと喚き散らす。  悪いな、こっちはこれが仕事さ。一命を取り留めたそいつをベッドに運ぶよう指示して次の奴に取り掛かる。  ……おっとこいつは。  ひと目でわかる。ご愁傷様、どんな魔法もこいつには効かない。口と鼻を血で満杯にして、黙ってこっちを見上げてる。もうすぐお迎えが来るって顔だ。  私は補助士に向こうを手伝うように言って追っ払う。こうなったらできることはないからね。だってこいつ、目がキラキラしてるもの。昔拾った子犬を思い出す目だ。  私はかがみ込んでキスしてやった。口の中にたまった血を吸い上げて吐き出すと、そいつは弱々しく息をした。子犬の目がほんの少し笑ったような気がした。よしよし、いい子だ。また血を吸い出してやったがもう息がなかった。さっきので最後だったな。血まみれの口で額にキスする。  お疲れ、おやすみ、坊や、いい夢見な。  そして顔中についた血と汗を拭き、次の治癒魔法を唱えるための息を整える。
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