出逢い

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出逢い

9月に入り、夏休みを4日間取得した。 いっそ海外に行こうかと考えたが、 自分が住む東京、それも都心のホテルで 贅沢に過ごすのも悪くないと思い、 奮発して3日間連泊することにした。 中央区にあるRというホテルは、 ハイクラスなホテルで有名だと知られ、 以前から泊まりたいと憧れていた。 1日目。 アーリーチェックインで13時ちょうどに 部屋に入り、小さなスーツケースを傍らに 置くと、僕は窓際に立った。 ひとりではもったいない広さの空間、 手狭な賃貸マンションの実家とは 比べものにならない眺望に満足した。 これは、きっと夜景もキレイだろう。 朝食つきのプランを予約していたので、 今夜はホテルの近くにある有名な焼肉屋で 食べようと目論んでいた。 テレビをつけ、 普段は仕事で観られないワイドショーを 眺めながらダブルベッドに腰掛けると、 スマホでメモ帳を開いた。 今日はこの後、 ホテル併設の宿泊者専用のジムで汗を流し、 最上階のカフェテリア(夜はバーになる)で 寛ぎ、夜は焼肉を食べ、ルームサービスで ワインとチーズを頼み、 オプションのアロマリフレクソロジーで 疲れを癒すことになっている。 何故こんなに 緻密な計画を立てているのかと言うと、 僕は半年前に最悪な別れを経験している。 うまくいっていると思っていた彼氏に 浮気された挙句に、 明らかに僕のことと特定できる投稿が SNSにupされていたことが 共通の友人からの連絡でわかったのだ。 『オレの元カレK。歴史に残る程のマグロ』 という文章から始まるそれは、 僕が見たことを知っても奴は削除せずに、 奴の友人と盛り上がっていた。 恋人との仲睦まじく、個人的な時間を 詳細に世界に広めることはないだろうと、 悔しくて堪らなかった。 そのショックたるや半端なく、 しばらくマグロが食べられなかった。 そんなダメージをいい加減払拭したくて、 ひとり非日常を満喫することにしたのだ。 日頃は仕事で忙殺されているので そこまでは考えたりはしないが、 たぶん半年経った今になっても、 与えられた傷は癒えていない。 初めて付き合った大好きな彼氏だったのに。 ああ、また思い出してしまった。 気を取り直して、ジムに行ってみるか。 ベッドから立ち上がり、支度を始めた。 20時。 ジムで過ごした後、シャワーを浴び、 仮眠を取り、焼肉を食べに行って ほどほど満腹になった僕は、 部屋から見える夜景をバックに ワインを飲んでいた。 1本3000円の小振の赤ワインを傾けながら 持参した部屋着でリラックスする。 あとは60分コースの アロマリフレクソロジーを体験して 眠りにつく予定で、 明日はホテルでレンタサイクルを借りて、 久しぶりに東京タワーでも行こうかと 思っていた。 21時。 時間通りに、チャイムが鳴った。 「はい」 「この度はご予約ありがとうございます。 リフレクソロジー担当の川瀬と申します」 「どうぞ」 ドアを開け、彼と目が合った途端、 思わず声が出た。 「あ」 色素の薄い髪と瞳、通った鼻筋、 小さくて肉厚な唇。 180センチ近くはありそうな身長に、 細いウエスト。 モスグリーンの制服が似合う彼に、 陥落した。 世の中にはまだ、こんなに魅力的な人が。 まさかこんな風に恋に落ちるとはと、 興奮した。 ビジネススマイルでもいい。素敵過ぎる。 「岸野葵様ですね」 お湯の入った桶とバッグを持って 部屋の中に入ってきた端正な顔立ちの彼に 微笑まれた僕は、 久しぶりの恋の始まりに打ち震えた。
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