ライバル登場。

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ライバル登場。

「付き合ってもいないのに、別れることを 考えてるの?川瀬は」 戸惑いを隠せない表情の岸野に言われて、 僕は頷いた。 「冷めました?小心者なんですよ、僕は」 「冷めたというより、驚いた。過去に何か あったのなら、聞かせて欲しい。川瀬の ことは何でも知りたい」 やっぱり岸野は、理性的だ。 先程までの甘い囁きは鳴りをひそめ、 今はもう真剣な眼差しを僕に向けている。 「食事しながら、話そう」 岸野に腕を取られ、 慌ててパソコンの電源を落とした。 会社近くの個室居酒屋。 岸野は黙って、僕の元カレがしでかした あの日の顛末を聞いた。 「ということで、僕は誰かと付き合うのが 怖いんです。岸野さんがそうなる要素を 持っているかどうかは置いておいて、 岸野さんとはこのまま穏やかな関係でいたい んですよ。しばらく会社は辞めませんし、 あなたから離れたりはしないので」 「何と言ったらいいのか‥‥川瀬は、相手が 誰でも付き合う気はないって言ってるけど、 僕は他の誰でもなく川瀬と付き合いたい。 同僚としての穏やかな関係かあ。僕があの 会社を辞めるかも知れないことは、考えない んだね」 「えっ、会社辞めるんですか」 「うん、来年以降だけどね。 友人と会社を立ち上げようと話し合ってる。 フリーのライターになりたいんだ」 意外な話に、動揺した。 「会社なんてさ、少し我慢すれば嫌な奴は 辞めていく。目障りな奴はいなくなるって 思いながら、働いてきた。初めて川瀬に 会った時、自分の考えを少し改めた。 我慢の先には喜びもあるってね。川瀬を 心から信頼しているし、愛し始めている。 何と比べても川瀬以上に大切な存在はない。 たとえ、同僚としての関係が終わっても、 同じ業界で働く同志でいたいと思う」 「すみません‥‥僕は、自分軸でしか物を 考えてなかったです。岸野さんが会社を 辞めること、反対しません。それどころか 応援します。あの会社にいるのは、勿体ない と思ってました。辞める日が決まったら、 きっとかなり寂しいですけど」 「うん。もちろん、この事は内密にお願い」 「はい。あの、お付き合いのことは、少し 考えさせてもらえますか。自分の気持ちを 整理して考えたいので」 「いいよ。待ってる」 岸野が微笑み、ビールを一口飲んだ。 「料理、冷めちゃうよ」 「食べましょう」 箸を持ち直し、僕も微笑んだ。 数日後。 岸野と休憩室で遅いランチをしていると、 3ヶ月後輩の佐橋雄大が、 思い詰めた表情で僕に話しかけてきた。 「今、ちょっとだけいいですか」 「2人で話したい?じゃあ、外に行こうか」 「すみません、お願いします」 岸野に軽く頭を下げて席を立つと、 休憩室を足早に出て行く佐橋に続いた。 いつもは明るく騒がしい佐橋が、 こんな風に深刻な顔をしているのは珍しい。 会社近くの公園に入り、 空いているベンチに並んで座った。 「岸野さんのことです」 「岸野さんが、どうかしたの」 「川瀬さんだから打ち明けるんですが。 実はオレ、岸野さんに惚れてます」 「えっ」 「先日、口実を作って岸野さんとサシ飲み しました。会社を離れても、岸野さんは 穏やかで優しくて。川瀬さんに、岸野さんの ことを取り持って欲しいんです。付き合い たいんです。真剣に」 「佐橋」 「川瀬さんは岸野さんにそんな気持ちは、 持ってないですよね。大丈夫ですよね?」 「あ、えっと」 「まさか岸野さんと付き合ってるとか?」 「いや、付き合ってはいないけど」 「ではぜひ、僕に協力してください。 お願いします」 佐橋に手を握られ、困り果てた。 「協力って、何を」 「告白は自分でしますけど、それまでの お膳立てです。普段、緊張してなかなか 話せなくて。川瀬さん、岸野さんとすごく 仲がいいですし。2人の間に自然に入りたい んです。無理を承知で言ってます。 ダメですか?」 「ダメというか‥‥佐橋がそこまで言ってて 黙ってるのはフェアじゃないから言うけど、 僕も、あの、岸野さんのこと好きなんだ」 「えっ?!川瀬さんも?」 「まあ付き合ってないし、佐橋が頑張るって 言うのを邪魔することはしないけど、協力は 難しいかも。この件は黙ってるから、佐橋も 黙っていてくれないか」 「わかりました‥‥」 「戻ろうか」 「はい」 佐橋が立ち上がり、 先に歩き始めたのを確認して、息を吐いた。 付き合っていても心変わりなんていくらでも あるんだから、岸野と付き合っていない 今なんて、不安定な状況極まりない。 いったい岸野は、誰を選ぶだろう。 そして僕は岸野とどうなりたいと思ってる?
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