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ベッドでの再会
鈍い頭の痛みで目が覚めたが、
回る天井、強い吐き気で再び目を閉じた。
ああ、またやってしまった。
ここはどこだろう。
天井があるということは、外ではないが。
昨夜は、中学の同窓会。
悪友の佐橋雄大や秋津昌美に会い、
無理矢理ワインを飲まされた。
それからの記憶がない。
どこをどうしてここにいるのかわからない。
財布やスマホは無事だろうか。
しかし、何故僕はこんなに酒が弱いんだ。
成人を迎え、
初めて口にしたコップ1杯のビールで
酩酊状態になり、救急車で運ばれた。
大学の合コンで、ウーロン茶に
いたずらで仕込まれた焼酎で酔い潰れ、
何とか終電に乗れたものの、
降りる駅を大きく超えて眠りこけ、
歩いて帰る羽目になった。
ある時はミルクティーだと騙されて、
カルーアミルクを飲んでしまい、
一緒にいた大学の仲間に公園に捨てられた。
自分でも情けないとは思う。
この酒の弱さで女の子にはモテないし、
何事にも積極的になれない。
しかし、酒を無理矢理飲むことは、
命の危険さえあることなのだ。
体質は変わらないのだから、
これは避けて通らなければならない。
「水が飲みたい‥‥」
思わずそんな言葉を呟いて、息を吐いた。
「あ、起きた?水だね。どうぞ」
え?
自分の言葉に反応があって、驚いた。
うっすら目を開けると、
見覚えのある顔が僕を心配そうに
覗き込んでいた。
「岸野、何で」
「起きて、水飲める?大丈夫?」
静かに身体を起こそうとしたが、
頭が痛くて断念した。
首を振った僕に、岸野はペットボトルの
キャップを開けて、水を口に含んだ。
そして身動きの取れない僕の唇めがけて、
いきなり覆いかぶさってきた。
「うっ‥‥ぐ」
喉を潤す水の冷たさ。
それに心地よさを感じながらも、
突然岸野に口移しをされたショックで
僕の心は混乱した。
抵抗ひとつできずに水を飲み込むと、
片手で岸野を押し退けた。
「ちょっと、待て‥‥ここはどこ‥‥?」
「ラブホ、だけど」
「はあっ?‥‥ああ、頭痛い」
とはいえ、だんだん意識がはっきりしてきて
僕は周りが見えるようになっていた。
部屋を照らすルームランプ、テレビ。
そして僕はベッドに寝かされているようだ。
しかし、何故ここに岸野と?
岸野葵は中学の同窓生のひとりだが。
会の最中は全く絡んでいなかったはず。
「川瀬、佐橋たちに飲まされて、会場で
うずくまっているのを僕が担いできた。
とりあえず、寝かせてあげなきゃって
ここに連れてきたんだけど‥‥。
迷惑だった?」
「いや‥‥ありがたい。迷惑かけてごめん」
「川瀬の荷物は預かってる。たぶんなくなって
るものはないから、安心して」
「申し訳ない‥‥」
さっきは口移しされてショックだと言ったが
助けてもらったんだ、気にしたらダメだなと
思い直した。
「もう少し、水飲む?」
「うん」
今度は身体の力が入り、
ゆっくりだがベッドから起き上がれた。
「岸野、ありがとう。こんな形だけど、
久しぶりだな」
「うん、お久しぶり」
裸の若者2人がラブホのベッドの中で
再会だなんて、なかなかシュールな絵だ。
「気持ち悪くなったら言って?介助するよ」
「大丈夫、ありがとう」
それにしても、と僕は岸野を見つめながら、
言葉を続けた。
「岸野、垢抜けたな」
黒髪眼鏡は中学のままだが、
陰キャだった当時の面影はなく、
明るく洗練されたオーラが岸野を包んでいた。
「そう?まあ高校、大学といろいろあった
からね。川瀬は相変わらず、王子様だね」
「何言ってるんだか。僕、未だに童貞だよ」
「誰とも付き合ってないの?信じられない」
「岸野には言うけどな。酒が飲めないって、
かなり損だぜ。合コンとかの出逢いの場には
行けないし、会社の飲み会は参加できない。
このままたぶん女の子とは縁がない」
乾いた笑いをしたら、悲しくなってきた。
「岸野は、恋人いた?女の子と付き合うって
どんな気分?」
岸野に尋ねると、岸野は曖昧に微笑み、
こう答えた。
「女の子、じゃないから」
「は?」
「僕の恋愛対象は、男だよ」
「はい?!」
予想もしていなかった言葉に、僕は怯んだ。
だ、大丈夫か?
2人きりでベッドの中にいても。
「あと、川瀬はもう童貞じゃないよ。
僕がさっきいただきましたので。
寝てたから、射精はしなかったけどね」
「はああっ?」
岸野が傍らのゴミ箱からつまみ上げた
使用済みの避妊具を見て、呆然とした。
どうりで、口移しが自然だった訳だと。
こうして、僕ー川瀬由貴は、
7年ぶりに再会した中学の同級生の岸野葵と、
そういう関係になってしまったのだった。
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