恋人になるまで その1

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恋人になるまで その1

そもそも、 岸野という奴はどんな奴だったのか。 外見は黒髪眼鏡、 本人には言えないが陰キャの部類に入る、 おとなしいと言うより無口で目立たない、 どちらかと言えばいじられキャラだった。 成績はかなり良かったから、 高校は共学の進学校に駒を進めたはずだ。 僕も岸野と同じ学力レベルだったが、 中学を卒業すると同時に埼玉に転居する ことになっていたので、 ひとり違う高校を選ぶことになった。 そして何を血迷ったか 男子校を選んだ僕は 彼女ができるチャンスを自分で潰して しまったのだ。 大学に入り、 酒が飲めないことがネックになって、 男女問わず付き合いが悪いと 冷ややかな目で見られ、 社会に出ても酒が飲めないことで 人との付き合いに消極的になっていたのは 冒頭で話した通りだ。 いつのまにか、 岸野ではなく僕の話になってしまったが、 とにかく僕にとって岸野という奴は、 あまり印象に残っていない地味な奴なのだ。 そんな奴と僕が、一線を越えた?! 「岸野、本当に僕と、セッ」 意を決して、僕は岸野に問いかけたが、 「見せようか?証拠を」 と岸野に容赦なく言葉を遮られ、 次の言葉を失った。 「証拠って、何」 「さっき、使用済の避妊具を見せたけど。 キミが僕に出し入れしたところを動画で」 「はあっ?!何でそんなものを」 「‥‥ずっと、川瀬のことが好きだった。 こんなこと、そうそうないって思って、 撮ってみた。手ブレがあるけど、観る?」 「というか‥‥完全に気を失ってる僕が、 岸野を抱くことができるものなのか?」 「じゃあ、尚更観た方がいいね。 ちょっと待って、スマホ用意するから」 そう言って、岸野は傍らに置かれたスマホを 持ち上げ指先で軽やかにロックを解除した。 「どうぞ」 保存されていた複数の動画の中に、 明らかに裸の岸野が映るものがあった。 僕は、震える指先で再生ボタンを押した。 画面は岸野の顔のアップから始まり、 続いて眠る僕の顔に移り、 揺れてそそり立つ僕の局部が丸写しに なった。 そして器用に僕の局部に避妊具をつけた 岸野が腰を落とし、小さく声を上げた。 僕は相変わらず目を閉じて微動だにしない。 岸野の身体が上下に揺れ 喘ぎ声を出し始めたところで、 居た堪れなくなって動画を停止した。 「消してくれないか」 「僕と付き合ってくれたらね」 「冗談だよな」 「冗談な訳がない。ずっと好きだったって 言ったでしょ?内気で何も出来なかった 中学生の僕は、もういないんだ。川瀬を 手に入れるためには、何でもするよ」 「訴えたっていいレベルだぜ?これは」 「川瀬は優しいから、絶対に訴えない」 「岸野‥‥本気なのか」 「うん。川瀬、愛してるよ」 岸野に抱きつかれた僕は、 抵抗することなくそのままの体勢で考えた。 今までの自分の人生、 特に大学に入ってからの数年間、 ここまで他人に愛された記憶がなかった。 経験したことがないから少し怖いが、 岸野が僕と同じ男性だからと排除せずに、 向き合ってみようかとその気になっていた。 「岸野」 「何?」 僕に抱きついたまま顔を上げた岸野に、 ただ唇に唇を当てるだけのキスを 一瞬してから、こう言った。 「僕と付き合ってくれ」 「か、川瀬っ、ホントに‥‥?!」 瞳を潤ませ、声を震わせた岸野は、 信じられないという表情で何度も首を振る。 「動画を消したらさよならって、しない?」 「しない。決めた。僕は岸野と付き合う」 「川瀬」 泣き始めた岸野を抱きしめながら、 言葉を続けた。 「その代わり、本気で付き合うから。 覚悟してくれよ?」 「そんな覚悟なら、喜んでするよ‥‥」 岸野の頬に流れる涙をそっと親指で拭い、 僕は岸野に微笑みかける。 「これも運命なのかなって、思うよ」 「運命」 岸野が僕の言葉を拾って、呟いた。 「うん。とりあえず死にたくないから、 酒を勧める奴からは完全に逃げる。 恋人のお前のためにも。長く付き合いたい」 「ありがとう‥‥嬉し過ぎて、言葉が」 「今、2時か。ここは泊まりにしてるの?」 「あ、うん。だから10時までいられるよ」 「じゃあ、一緒に風呂に入ろうぜ」 「お風呂?」 「ああ。嫌か?」 「そんなことないっ、一緒がいい」 「はは。じゃあ、お湯を溜めてくるよ」 岸野を残し、僕はベッドから抜け出した。
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