私だけが赤の他人

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 私、シーラ・ボスマンは母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  母は生まれたときから貴族のお嬢様で、若くして周囲に定められた結婚をし、数年間は貞淑な人妻をしていたらしい。その後王宮の夜会で出会った貴族の令息と恋に落ち、社交界では知らぬ者がいないほどの大恋愛を繰り広げた。  お腹に宿った子の父親が夫ではなく愛人であるというのは、誰もが知るところ。もちろん、当の夫でさえも。  離縁されて然るべき状況の中、母はよりにもよって産褥(さんじょく)の床に夫と愛人、二人の男を呼びつけて自分の両側に(はべ)らせた。  そして、「私はもう長くない気がするの。最後に二人が和解しているところを見たい」と言い出し、二人の手を取って握手させた、という。  その姿を見て、ひどく幸せそうに目を閉ざし――すぐには死なず、その後三年の間、生きた。  十九歳。  母が嫁いだ年頃になった私は、その()()の詳細を聞いて呆れ、しまいに震えた。自分と何歳も違わない女性、しかもよりにもよって母親という、血の繋がりでいうと近々の相手が、音に聞こえた魔性とは。  当然、そんな見せかけの和解が効力を発揮することなどなく。  その場では握手に応じた父(母は離縁しないまま亡くなったので、私の書類上の「父」は母の夫、結婚相手であるところのボスマン伯爵である)であったが、その内心には、はらわたが煮えくり返るほどの憤怒を抱えていたのは間違いない。  私にはもう記憶はないが、二歳の頃のこと。  父はこの家に、外から女性と男の子を連れてきて宣言したのだという。  ――この子は私と彼女の間の子。だが、庶子として育てるつもりはない。何しろ当家の()は私の血縁ではないが、妻が離縁に応じないがために家系図上では()()娘となっている。その娘に後を継がせるのは、いくらなんでもご先祖に申し訳が立たない。継ぐべきは私の血を引く息子だ。私はこの子を()()()()として世間に披露する。  産後の肥立ちが悪く、寝付きがちだった母は数年社交界に顔を見せていなかった。その間に、男子を生んだことに、された。  屋敷に迎えられた男の子は書類上、父と母の子であり、私とは()()()()()()()()()弟となった。  とんだ茶番劇なのであった。  私は母と愛人の子、弟は父と愛人の子。同じ家に暮らしていても、血の繋がりのないまったくの他人。  それなのに、私たちは姉弟として振る舞っている。  当家にまつわる、両親の確執と不仲による不名誉な話題を払拭するかのごとく、その仲睦まじさはいまや社交界でも大評判。  何しろ泥沼不倫劇とて私たちが生まれる前の出来事、いつしか忘れ去られてしまったようで、父の思惑のままに私たちが本当の姉弟だと信じ込んでいるひとも多い。  ゆえに仲良しのご令嬢やその御母上から相談事を持ちかけられることも日常茶飯事。 「ねえシーラ、マリウスに婚約の話は出ているの? どなたか気になっているご令嬢がいるだなんて話、お姉さんにはしていない? もしよければ力になってほしいの。当家とのつながり、決してあなたにとっても悪い話じゃないはずよ。つまり、うちの娘はどうかしら?」  我が麗しの弟君マリウスは大変非常にモテていて、その瞳が誰に向けられているのか、多くの注目を集めているのだった。  * * *
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