親友

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翌日も病院へ行くと、茜はベッドで参考書を開いていた。勉強がわからなくなったら困るから、と茜は恥ずかしそうに言った。 記憶は大丈夫なのかと思ったけど、中等部の頃から高校の範囲を学んでいたと茜から聞いたことがあることを思い出した。 聞けば、頭を打ったこともあり入院が長引いているそうだ。あとは、本人はそうとは言わないが、茜のお祖父さんがこの病院の院長だということも影響しているのだと思う。この病室だって、ただの個室ではない。特別室だ。 茜は医学部を受験すると言っていた。だから部活にも入らずに予備校に通っているのだと。決められたレールがある、未来のある女の子なのだ。 私とは住む世界が違う。普通の公立高校でちょっと勉強ができるだけの私とは何もかも違う。 私と茜が仲良くしている理由を、記憶のない茜が気にするのは当然だ。 本当に、消しゴムがきっかけだったらよかったのに。でもそんなささいなことがきっかけなら、「予備校が同じで別の高校の人」以上にはなれなかったかもしれない。 「この問題だけ解いちゃうから、ちょっと待ってね」 茜がそう言うので、ノートにペンを走らせる茜を見つめる。 このまま嘘をつきながら茜のそばにいて、途中で記憶を取り戻したら、本当に前みたいな関係に戻れるだろうか。私が万引き未遂のことを不自然に隠したせいで、逆にそのことを意識しているのだと、きっと茜に悟られてしまうだろう。それでギクシャクする可能性だってある。 結局、選択肢なんてなかった。 私は茜のことを好きだから、大切に思っているから、茜から離れるしかないのだ。 友情が真実だったかどうか、私が茜から離れたら答えが出るはずだ。 茜が全てを思い出した時に、私に連絡をくれたら、これまでの友情は嘘偽りではなかったと証明される。私は茜にとって忘れてしまいたい存在ではないのだと証明される。 大丈夫だ。きっと連絡をくれる。あの楽しかった日々が偽りなはずがない。「どうして連絡してくれなかったの?」と怒りのメッセージが来るはずだ。 少し前から雨が降り始め、次第に強くなっていた。 怖いくらいに激しい雨が窓を打ち付けている。まるで駅で別れた日のようなゲリラ豪雨だ。だけどなぜかその音は室内にまでは届かない。病室はその景色とは違って静かなものだった。 私は私の親友を信じている。 だから私は大好きなあなたから離れるのだ。 そう思いながら、ベッドに座る茜を目に焼き付けた。 茜は「よし、解けた」と言って笑っていた。 終
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