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そこでようやく私の方も「ん?」という心地になった。
この人、いったい誰だろう? 今日は確かにハウスキーパーシーナ――私が家事代行として登録した会社の方が来るはずだったけど、前にお会いした私の担当さんは幸薄そうな眼鏡の男性だったはずだ。
おそるおそる隣の諏訪邉さんを見上げると、彼は苦虫を嚙み潰したような顔で、茶髪の男性を忌々しそうに眺めている。
その男性の後ろからはもう一人別の男性が……こちらはまさしく私の記憶にある幸薄そうな担当さんの姿で、どうやら今日は二人連れでここまでやってきたようだ。
「なんでお前が」
どすの効いた声で呟く諏訪邉さんに、茶髪の男性はちっとも悪びれず愉快そうに笑う。
「別にいいじゃん。好奇心でさ」
「自分の仕事はどうしたの」
「普通に終わってるよ。それに俺、あと二週間で退職だしね」
諏訪邉さんは何かを諦めたみたいにため息を吐くと、奥のダイニングテーブルへと二人を案内した。
私と諏訪邉さんが並んで座り、向かいにハウスキーパーシーナのお二人が腰かける。眼鏡の男性が茶髪の人の方へ、ひどくぎこちない手つきで恭しく資料を差し出す。
「さて、榎本由希子さん」
茶髪の男性が顔を上げると同時に、空気がぴんと張り詰めるのがわかった。今までの軽い調子とは違う、緊張感漂うビジネスの雰囲気に、私は少し上擦った声で「はい」と短く返事する。
「今回の契約変更を担当させていただきます、椎名玲一です。大筋はクライアントである諏訪邉様からお伺いしていますが、いま一度この場で確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はい。お願いします」
「ありがとうございます。現行、週三日の家事代行サービスとして従事していただいていたところを、住み込みハウスキーパーでの契約に変更という形でお間違いないでしょうか?」
傍らの諏訪邉さんと静かに視線を交わし合い、私は椎名さんの方へと真剣な面差しで向き直る。
「はい。間違いありません」
椎名さんは軽く目を細め、かすかに笑ったようだった。
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