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プロローグ
「由希子さん」
かすれた声が耳にかかる。
堪えきれない熱い吐息が、溢れるように漏れ出るさまも。
「僕に全部言ってください。行きたいところも、やりたいことも」
「……か、桂さん」
「少しずつ叶えていきましょう。今まで望んでも得られなかったものを、ひとつひとつ埋めていきましょう。どんな小さなことでも構いません。夢物語の類でもいい」
抱きしめられた腕が解かれて、ゆっくりと離れる身体。
白い指先が私の髪に触れ、それからそっと頬をなぞる。
「僕は、貴女を幸せにしたい」
力強く――何かを夢中に求めるような、必死で、一途で、追い詰められた眼差しが、それしか見えないほど間近な距離で私を射抜く。
悠久の沈黙。たゆたうクラゲの淡い輝きに包まれたその中で、私たちはただ静かに見つめ合う。
縋るように。……あるいは、互いを支え合うように。
やがて、桂さんの長いまつ毛が、ゆっくりと頬に影を作った。薄い唇が呼吸にあわせ、ほんのかすかに隙間を開ける。
かすかに上下する喉仏。二人しかいない世界の中で、触れてはいけない唇が触れる――。
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