共依存

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 苦しみながら飛び降りた。それで君は満足だろうね。  なら私の思いはどうなるの。あなたが死んだら、私はどうやって生きていけばいいの。今にも声に出してしまいたい衝動にかられた。 「大丈夫ですか?ひとまず××病院までお越しください」  頭蓋骨がかち割れた気分。共鳴して大げさに騒ぐ心臓を優しく叩く。緊急手術の成功確率とは裏腹に、着替えや荷物を念入りに用意した。くだものナイフ、睡眠薬が入っているのを確認し、出掛けた。もし君が生きていたら、すぐにでもやりたいことがあった。  季節外れの猛暑だったあの日。私の生きる理由になった男と出逢った。冷え性だからと着込んだ恰好で、炎天下にいた。四月の陽気を通り越す記録的な真夏日。その上、普段はしっかり者の友人が、寝坊と遅延で来ない。気が付くと、世界が斜めになっていた。遊園地の鏡の部屋みたいと思った先は、記憶にない。目覚めたベンチの上が、彼との初対面だった。 「君は?」  サイレンの音でふと我に返る。雨のノイズ音をも切り裂いて、景色を反対車線の緊急車両が遮る。凍てつく窓に張り付いた、無数の雨粒。小さな警鐘の群れが目の前を真っ赤に染めた。  また馬鹿みたいに暑い夏だった。目の前の赤い点。焦点の定まらない風景。鼻から呼吸ができなくて、正面の赤の原因は私だと分かった。止まらない鼻血に焦る間も無く、反対方向からの殴打。勢いのまま小さな丸テーブルと共になぎ倒された。思ったよりもこのテーブルは頑丈だったんだなと、脳みそは変に冷静だった。もう、慣れてしまっていた。 「二三四○円です。」  運転手の無機質な声。サイズの合わない大きな帽子に逆光で、表情が分からない。料金を払って足早に降りる。ボストンを持つ左手が重い。恐ろしいあの暗闇から早く逃げたかった。  深夜の薄暗い病院は、仄かな照明が月明りのようで、安心できた。網膜を刺激しない落ち着きのある薄暗さが、黒いものの正体をぼかしてくれる。  ナースステーションから案内を受けた手術室の前。暗闇の中で真っ赤な字だけが悪目立ちしていた。床のボストンを開く。衣類を掻き分けて顔をのぞかせる果物ナイフ。紅く照り輝いている。  今ならまだ間に合うだろうか。そう思い、取り出したナイフを両手で祈るように握りしめる。切っ先を奴の愛用セーターへ向ける。ピンッと照明が切れて辺りが真っ暗闇に包まれる。刹那、紅いナイフは黒の中に溶け込む。  頭上より高く掲げたナイフを勢いよく振り下ろした。 「臨終です」  死の審判が、静かに響いた。私の生きる目的も終った。
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