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「あの男、私の大事な小夜子を奪って監禁するだなんて。ねぇ、小夜子。ずっと苦しかったよね? あんなところに閉じ込められて」
静かな声が小夜子と私を呼ぶ。
おかしい。おかしいな。
この声に聞き覚えがある。むしろ今までどうして忘れていたのだろうか。
封じられていた記憶がぶわりと蘇る。自由を奪われ、体の隅々まで触れられ、望まぬ行為を強いられていたあの時の――。
「い、いやあああああああっ!」
「あぁ、そんなに怯えた顔をしないで。取って食いはしないって言ったじゃない」
部屋の隅に逃げても、もうこれ以上の逃げ場はない。薄暗い部屋で、胡蝶さんがゆっくりと迫ってくる。
私の前にしゃがみこんだ。
そしてその手をまた頬に。
「ねぇ、どうして私があっさりあなたから離れたと思う?」
頬を撫でる手が胸元におりていく。黒いネイルが輝く手は、私を支配していった。
「それはね、待っていればあなたから助けを求めてくれると信じていたからよ」
あぁ、何もかもが彼女の掌の上だったのだ。
そう気づいた時にはもう遅く、再び牢獄に迷い込んでしまった私は彼女に――黒い影に、可愛がられ続けるのだろう。
「アイツに監禁されていると勘違いした小夜子が、いつか夜逃げ屋という私を見つけて頼ってくれるだろうって。ふふ、また戻ってきてくれて嬉しい」
彼女は私にそっとキスをする。甘ったるいにおいに、意識が微睡んだ。
視界の隅で、あの花柄の紙切れが映る。そこに書いてあった少しだけ雑な字が、私を哀れむように見つめていた。
「おかえり、小夜子」
私はまた、彼女に食い荒らされる獲物となる。
――首に刺青を入れた女にだけは絶対に関わるな。
彼が書いてくれた優しい箱庭のルールの欠片が、ただそこに転がっていた。
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