0人が本棚に入れています
本棚に追加
「佐野さん」
はい、と返事をしたと同時に、何か温かいものに包まれる。ふわりと甘いいい香りがした。
胡蝶さんが、震えた手で私を抱きしめていた。
「こ、胡蝶さん……?」
「……よかった。無事にここに辿り着けて。依頼、ちゃんと達成できました」
ハスキーな声が上ずっていた。あれほど凛々しく仕事をこなしていた彼女も、本当はずっと気を張っていて不安だったのかもしれない。
感謝の意と彼女への小さな慰めの意味を込めて、私はそっと彼女を抱きしめかえした。
「ありがとう、胡蝶さん。その――」
かちゃり。
そんな音が、耳元で聞こえた。
「え……?」
「依頼は達成しましたもの。報酬を貰わないと」
「え、え……?」
意味が分からないまま、私は胡蝶さんの目を見た。
恍惚。
そこには、不気味なほどに歪んだ輝きがあった。
「お礼はなんでもします、と言ったもの」
彼女はマスクをずらして、真っ赤な口紅を塗った口を歪ませた。
「あぁ、その首枷、よくお似合いね。前みたいに、手足にもつけましょうか」
「こ、ちょう、さん……?」
「あら、どうしたのそんな顔をして。せっかく監禁男から逃げられたのだから、もっと幸せな顔をしてください」
「ひっ……」
胡蝶さんが両手で私の頬に触れる。その手つきはひどく優しくて、子供を愛でるようなものだった。
最初のコメントを投稿しよう!