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夜逃げ屋
月光をも取り込まぬ黒が、後ろ手に鍵を閉めた。
かちゃり、と不気味に響く音が床に転がり落ちる。それに呼応するが如く、金属が擦れ合う小さな悲鳴のような音が鳴った。
荷物をその場に雑に落とし、明かりを灯さぬまま影は部屋の奥へと歩を進める。冷たいフローリングの虚無感などどうでもよくなってしまうほど、胸の奥がざわついていた。
自室の扉をゆっくりと開けば、息が詰まったかのような音。短い悲鳴に愉悦を湧き上がらせながら、影はにんまりと口角を上げた。
部屋の隅で縮こまる人間がこちらを見上げる。涙で滲む大きな瞳が揺れ、雑に垂れた美しい濡羽色の髪がそれを軽く隠している。
メイクの崩れたその女が身じろぐ度に、女の首と手足についた枷から伸びる鎖がシャラシャラと忙しなく鳴いた。
「ただいま」
そう一言告げて、影は女を押し倒した。震えあがって必死に暴れる女を見下ろして、今日も影はその女を存分に可愛がるのである。
ここは箱庭。
光の届かぬ牢獄。
女は薄暗い窓の向こうにある救いの手を、ただただ探していた。
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