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太陽の海
「わたしは いっしょに いられない」
ずっと一緒にいた月は、ある日突然、太陽の手の届かないところへ行ってしまいました。
太陽は宇宙のすみっこで息を止める月が、心配でした。自分の知らないところでふっと消えてしまいそうで、毎日夜が来ると月に光を贈りました。
太陽の光で、月は夢のように光りました。太陽は安心しましたが、あまりにも世離れして美しいその色が、今にも去っていきそうな予感がしました。
太陽は星も人間も、月をあまりよく思っていないことに気づいていました。
私ばかり褒められるから、月が恨んだのかもしれないと太陽は思います。嫉妬したのかもしれないし、憎んだのかもしれない。月の焦げるような想いが、太陽には上手く掴めなくて、考えれば考えるほどするすると掌の隙間から逃げていくようでした。
私のことが嫌いならそれでもいいと、太陽は想いました。
ただ、月が月自身を嫌いになることだけはどうしても嫌でした。月がどれだけ自分を嫌いになっても、太陽は月のいいところをたくさん知っているし、星が生まれてから枯れて死んでしまうまでの間、ずっと月の好きなところを言うことだってできたからです。
誰よりも好かれている太陽は、誰よりも月のことが好きでした。
太陽の想いは強く燃えて、激しく盛って、とうとう真っ白な炎が生まれました。
それに驚いた月は、地球を回って思わず太陽のところへ飛んで行きました。その時、月の体に隠されて、太陽は月の他に誰も見ることができなくなりました。月だけが、しんと青い瞳で、まっすぐに月を見つめていました。
また、と太陽が必死に紡いだ声は、あまりにも急いだものだから、雑に作られたようにかすれました。
「わたしと しんゆうになって」
もういちど いっしょに いてほしい。
月はしばらくだまりこんで、驚いたようにその言葉の意味を考えこみました。
そして、今にも泣き出しそうな太陽の顔を見ると、もう自分の暗さも太陽の明るさもどうでもよくなってしまって、太陽にほっそりとした光の手のひらを伸ばして、嬉しさに花のような涙を流しながら頷きました。太陽にとっては、自分の光などよりもずっとずっと、何百倍も眩ゆい尊い笑顔でした。
「じゃあ わたしは またときどき こうしてあなたのまえにやってきましょう」
月は軽やかに弾んだ、春の訪れのような声で約束をしました。太陽は「やくそくだよ」と笑い、その光は宇宙に散らばって、清々しく綺麗な朝が昇りました。
月はまたもとのように帰っていき、けれど太陽を想うと心は晴れ渡って澄んだ香りが流れました。
その日は太陽が青空に顔を見せると、ちょうど反対の、太陽の顔がよく見える場所に、白くぼやけるように月が座って、笑って居ました。
「わたしは あなたといっしょに いたいです」
これからも ずっと だいすきなあなたと。
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