なつみちゃん

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 自動ドアが静かに開き、一歩踏み出すとむわっと熱気がまとわりつく。もう五時とはいえ、八月半ばの凶悪な湿度は健在で、冷房の効いた店内とは大違いだ。  横目で檸檬色ののぼり旗を捉えた。ポールに旗が絡みついている。しまった。いつからだろう。慌てて近づき、丁寧に解く。これで完璧。颯爽と私は商店街へと繰り出した。 「お疲れさまっ!織香(オリカ)ちゃん!今日はなつみ、バナナサンドが食べたいな。」  商店街の人混みを器用にかきわけて、なつみちゃんが近づいてきた。既に私は玉のような汗をかいているというのに、小柄な彼女は涼しげにツインテールを揺らした。 「バナナサンドかぁ。でも、今日はさすがにカロリーの低いものにしようかなって思っていたんだけど。お蕎麦とかさ。」  夜中、寝苦しくて目を覚ましたときに決めたのだ。体が重い。しばらく計っていないが、そろそろ八十キロに到達しただろう。これ以上甘いものを食べている場合ではない。 「えー?それで満足できるのー?織香ちゃん、今日はアイスコーヒーしか口に入れてないんじゃない?バナナサンド食べたいよ。ふわふわの食パンの耳を落としてね、バナナを乗せてホイップクリームかけて、それでね!キャラメルソースをかけて、砕いたナッツをぱらぱらって振って……どう?美味しそうでしょ?」  脳内にバナナサンドが燦然と輝く。ホイップクリームのもったりした甘さとバナナの濃厚さ。ほろ苦いキャラメルソースが全体の味を引き締めるだろう。ナッツは食感に遊び心を加える名脇役だ。  気づけば私は、スーパーに駆け込みバナナサンドの材料を探していた。冷凍コーナーを眺めていたなつみちゃんがバニラアイスも食べたいというので、ファミリーパックの棒アイスも手に取った。バナナサンドと棒アイスのあとに、蕎麦というのは味気ない。結局、総菜コーナーで唐揚げと春巻きをカゴに入れる。 「ただいま……。」  玄関に小さく声が響く。買い物袋いっぱいに入った食材が重くて、上がり框にどんと置いた。玄関の照明スイッチを入れる。  制服である黒いスラックスを脱いでいる場合ではない。再び買い物袋を持ち上げ、リビング兼ダイニング兼寝室に直行した。  ごそごそと買い物袋を漁り、戦利品を取り出す。なつみちゃんは食パンの耳を落とすと言っていたが、面倒だ。耳も美味しいのだからそのままでいい。カフェ店員ならではの手際の良さで、バナナサンドを制作する。 「いっただきまーす。」  ひとりであろうと食前の挨拶を忘れたことはない。それが両親の教えだからだ。大地の恵みに、生産者に、加工業者に、すべてに感謝せよ。文明社会の恩恵を享受するなら祈りを捧げよ。 「あー美味しい。」 「仕事のあとの甘いものって最高だよね!なつみ、大満足だよー!」  ホイップクリームを唇に付けた私を見て、なつみちゃんは喜色満面だった。二十分後、腹十分目まで埋まった私が後悔するとも知らずに。
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