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三、徳川の誘い
――ある日、貞昌がお義父様に呼ばれた。
お義父様は奥平家の筆頭である奥平定能である。武田方へ寝返ったのも、この方の持つ「潮目を見る力」が発現したからだと貞昌から聞いた。
戻ってきた貞昌が言った。どこかホッとした様子だ。
「家康さんから密使が来たらしい」
「徳川家から? どういったご用で?」
「……帰ってこないか、という内容のようだ」
私は心臓がすごい勢いで鼓を打つのを感じた。
武田から離反して再び徳川に帰順するとなれば、それは裏切りだ。裏切りのために私には人質という枷が付けられている。
「……お義父様は、なんと?」
「鼻で笑ってやったと言っていたよ」
貞昌は笑顔を見せた。そして私を抱きしめた。
「僕は今武田についていて幸せだ。それが崩れなくて良かった」
「……私もです」
戦国武将の妻など、交渉のための駒みたいなところがある。私もそれを自覚しているし、夫のためならば命を差し出す覚悟もある。
それでもこんなに大切にされると、その覚悟も揺らいでしまう。永久に愛されたいという欲が、そうさせるのだ。
「徳川の密使に、潮目を見なかったようだから大丈夫」
お義父様の判断の決め手は、やはり潮目だったらしい。
今の奥平家で「潮目を見る力」を有しているのはお義父様だけのようだ。貞昌にはまだ、その力は発現したことはない。
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