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四、時代の潮目
――遠出していたはずの貞昌が、険しい顔で帰宅した。
おかしなことが起きていることは想像に難くなかった。
今回の遠征は徳川を討つという大義を目指していたはずで、首尾は悪くなかった。この遠征で信玄様は、天下人の足がかりを作ると言われていたのだ。その軍が突如帰陣して来たのである。それもほぼ無傷の状態で。
何か、想定外の問題が起きたのだろう――。
「……ただいま」
「おかえりなさい。無事で良かったです」
「……うん」
貞昌の表情が暗い。
いつもであれば、どんなに遠征結果が悪かろうが、帰宅したことを喜ぶような人なのに。これは遠征とは違う理由があるのだと、私は察した。
「なにが、あったんです?」
「僕らには分からない。勝頼さんから突如帰還という指示が出た。父さんの予想だと、幹部の誰かに問題が起きたのだろうってさ」
「敗走という訳ではないんですね。それじゃあなんで、そんな顔なの?」
「そんな顔?」
「暗い顔」
「……おふうには、隠し事、出来ないな……」
私は嫌な予感を覚えた。それを裏付けるように、貞昌は続けた。
「僕も初めて、潮目を見てしまったんだ――」
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