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五、武田の凋落
貞昌が見た「潮目」。
それは、織田・徳川連合軍の隆盛だった。それは敵対する我ら武田からすれば凋落の相が出たと言っても過言ではない。
そしてその奥平に伝わる力は、物凄い的中力を誇る。
数日後、お義父様が貞昌を訪ねた。
私は席を外したが、貞昌が怒号を響かせているのが漏れ聞こえた。ただ事ではないのが伝わってくる。
お義父様は帰り際に珍しく私に声をかけてくれた。
「――おふう、すまない」
私は察した。
先日の貞昌に見えた潮目から予測すれば、そう難しくない結論だ。
貞昌が私の元に戻ってくる。目を真っ赤に腫らしながら。
「……おふう」
「なあに」
「……大好きだよ、おふう、大好きだよ」
貞昌は、おんおん泣きながら、私を抱きしめた。
私も涙が止まらなかった。震えが止まらなかった。
きっと貞昌は、奥平家は、再び徳川に寝返ろうとしている。つまりは私は人質としての本懐を遂げるということを意味するのだ。
それでも私の涙と震えの理由は、死への恐怖ではないと断言出来る。
愛する人との別れ、それが一番の恐怖なのだ。
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