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ジョニー・ウォーカーがやってくる! その1
完全に先回りだった。メイとベルはアリスに対して出遅れていたにもかかわらず再びアリスの目の前、向かう先を妨害する形で立っている。
「お嬢ちゃん、そうか」
メイが落ち着いた様子で話し始める。
「『戻す』のがお嬢ちゃんの才能なんだな」
アリスは驚く。発動を見られたとはいえ、それほどまでに的確に把握するほどの情報は与えていないと思っていたからだ。
「な、なんでそれを……」
「ってことはやはり正解なんだな。 お嬢さん、あんまり素直な反応はしないほうが良いぜ」
ベルが笑う。
「はは! アニキ、こいつ間抜けだな!」
それに目を向けることもなくメイは鼻で笑う。
「なあもう良いだろ。 諦めて俺達の為に消えてくれ」
「絶対に嫌よ。 私はまだこの世界のことを何も知らないし、自分のことだって何も知らないんだから」
メイが溜息をつく。
「良いかお嬢ちゃん。 この世界にどれだけそんな状態で消えていった人間がいると思う? 抗うだけの力もない、人を踏み躙る覚悟もない、そんな奴らほど同じようなことを言いやがる」
アリスはそれに対して言い返す言葉が思い浮かばなかった。じりじりと足を後ろに下げる。
「嫌だ嫌だって言うだけじゃ誰も助けてくれやしないし現実はどうにもならねえ」
この窮地を脱する方法を思い付くべく思考を広げる中、何かがどさっと崩れる音をアリスは聞く。
「ちょっと待って……」
「あ? だから言ってるだろ。 そんなこと言ってても……」
「違う! あなたの弟よ!」
メイがはっとして振り返る。
「ア、アニ……キ」
虫の羽音ほどの声でベルが助けを求める。声を発している顔は、元あった場所よりも低い場所。ばらばらになった体の山、その頂点に飾りのように置かれていた。そんな状態にも関わらず、血は一切出ていない。明らかに異様。その状況にメイも、そしてアリスも硬直する。
「ベル、お前……!」
「な、何か……降ってきた……それが……当たって……」
メイとアリスは恐る恐る上を見上げる。ちょうどベルの傍にあった木。その木の太い枝に男が座っている。黒いハットに黒いダブルのコート、黒い蝶ネクタイ、黒革のブーツ。
その黒ずくめの紳士風の男は手袋をした手でゆったりと煙草を口元に持っていき、煙を吸い、吐く。
「ハイ」
男は微笑むと軽い調子で挨拶をする。うねる長髪が風に揺れる。
「そんなに怖がらないでおくれよ。 落ち込むじゃないか」
彼には左腕がなかった。そのことにアリスが気が付いたのは、既に男が地面に下り、ベルの肉体の山の隣に立った後だった。
「こいつ……!」
メイも彼の異質な雰囲気に圧倒され、一瞬逃げ出すのに遅れる。アリスと同じくらいまで、メイはその男と距離を取る。
男は足元に落ちた一本の腕を拾い上げ、自身の左腕側の袖に通す。普通とは、逆の方向から。その腕はたちまちくっつき、その感触を確かめるように彼は手を開き、そして閉じ、煙草をそちらの手に持ち直す。
「初めまして。 僕の名前はジョニー・ウォーカー。 ジョニーと呼んでくれて構わない」
またひと口、ジョニーは煙草を吸い、吐く。酷く怯えるベルの顔を一瞥した後アリスとメイへと鋭い目を向けて言う。
「君達のこと、教えてくれよ」
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