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なんだか偉そうで嫌
その少年は自らをヘンリーと名乗った。几帳面に眼鏡を拭き、そして次に腕時計を拭き、その二つを作業テーブルの上に並べて置いた。
「あんなところで倒れて、何してたんだ?」
ヘンリーがアリスに尋ねる。
「ええと……どこから話したら良いのかしら……」
アリスはここまでの出来事を頭の中で振り返る。
「えーと、猫に会ってそれからブラウンっておじさんに襲われて、それでそのあとはメイとベルに追われたの! そのふたりとは結局一緒に戦うことになるんだけど。 あ、戦った相手はジョニーで、こう、なんて言うのかしら、分解されたわ! それから……」
「おいおい、ちょっとちょっと……。 全然分かんないけど……うーん、襲われたってことで良いのか?」
アリスは激しく頷く。
「でね! ああ、メイとベルは……私を逃してそれで……」
ヘンリーは大きくため息をつき、あちこちにカーブした髪の毛の中から何かを探すかのように頭を掻く。
「分かった分かった。 とにかく水でも飲んで落ち着いてくれ」
ヘンリーはベッドの傍にあるテーブルからグラスを取り、アリスに渡す。アリスはそれを受け取り、一気に半分ほど喉に流し込む。
「まあ君が襲われて逃げてきたってことはとりあえず分かった。 それから猫と会ったってことは、んー……ここに来たばかりなんだな?」
「た、確かにそうだけど……何故それがわかるの?」
「あの猫は名付け役なんだよ。 僕にもよくは分からないけど、とにかくそういうことらしい。 この世界に来た人たちは必ず最初にあの猫に出会う」
ヘンリーはそう説明した後グラスを取り出し、作業テーブルの下に置いてあるボトルから水を注いだ。
「僕は別に君を襲うつもりはないから安心して良い。 この世界のことはまあ詳しいとまでは言えないけど、君よりは知っているだろうから多少は説明できるよ」
椅子に座り、ヘンリーは軽く一口だけ水を飲み、腕組みをする。同じ歳くらいなのに彼、なんだか偉そうね!とアリスは思った。
「ところで……まだ君の名前を聞いていないんだけど、そろそろ名乗ってくれないかな」
「アリスよ」
彼の態度と嫌味っぽい言い方が気に障ったアリスは、つん、と答える。その様子を見てヘンリーは眉間に皺を寄せる。
「おい、今何か嫌な感じだったぞ。 何か文句があるのか?」
「何も?」
ヘンリーは声に出さず、はあ?と言うかのような表情を作った。
「待てよ、倒れていた君を介抱して、おまけに知らないことを教えてやってるんだぞ。 感謝しろよ感謝!」
「それは……ありがとう」
アリスは少し迷った挙句に感謝を口にした。その妙な素直さにヘンリーは驚くが、すぐに満足そうな表情を浮かべる。
「でもヘンリー、あなた何だか偉そうで嫌!」
「この……生意気な奴め!」
ふたりが同時にグラスの水を相手に浴びせようと構えたところで、再び家のドアが開く。
そこに立っていたのはポニーテールの綺麗な女性だった。その女性は二人の様子を見るやいなや、いたずらっぽい笑みを浮かべてヘンリーを見やる。
「あらあ、ヘンリーったら女の子なんて連れ込んじゃってまあ……」
ヘンリーは今までで一番大きなため息をつく。女性はそれを意にも介さずアリスの方を見て名乗る。
「私、スペード。 スペード・トレイ。 ヘンリーちゃんの保護者。 よろしくね」
スペードと名乗るその女性はにっと笑い、ウインクをした。
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