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天秤の街 リーブラント
「……なるほど」
アリスの話を聞いたスペードはうんうんと頷く。
「全然分かんなかったな」
「ちょっと! スペードまで!」
それを見てヘンリーは眉をくいっとあげる。ほれ見たことかと言わんばかりに。
「んー、でも聞いたことがある名前がちらほらあるね」
スペードは胸元から手帳を取り出してページをめくる。
「ジョニー・ウォーカー。 神出鬼没の襲撃魔」
スペードは取り出した手帳のページをアリスに見せる。そこにはアリスが見たままのジョニーの姿が描かれていた。
「そう! そいつ!」
アリスは強く頷く。
「んー、彼厄介なんだよね。 アリスちゃん、よく無事に逃げてこられたね」
スペードがそう言いながらアリスの頭を撫でる。気を張り詰めていたアリスの力がすっと抜けていく。
「まあ彼はいつかどうにかしなくちゃいけないんだけど……とりあえず困るのはそうね、ブラウンの方よね」
「ブラウンってあのブラウン商会の?」
ヘンリーが口を挟む。
「そうみたいだね。 私は知らなかったけどそう、『等価交換』か……。 彼らしい才能だね」
「もしかして、偉い人だったの?」
アリスはふたりの反応を見て不安な気持ちになる。
「まあそうだね。 いやもちろん先に手を出したのは彼みたいだからアリスちゃんが気にすることはないよ」
にっと彼女は笑う。スペードのその温和で人を安心させる雰囲気は、まるで魔法みたいだとアリスは感じた。
それは、アリスにとってこの世界で感じる初めての安心だった。
「ブラウンは、ここから少し行ったところにある街、リーブラントを象徴するブラウン商会の会長だよ。 どうにも彼の態度が気に入らなくて反発を持つ人はいるみたいだけど、まあとにかく商売の才能だとか目利きの才能は誰しもが認めるものだった」
ヘンリーが補足の説明を加える。彼はいつの間にかかけ直した眼鏡をくい、とあげる。偉そうな態度は染みついたものらしい。
「ちなみにリーブラントは天秤の街。 規範や平等さ、厳正さを重んじる場所。 僕は他の街に行ったことがないから分からないけれど、最も平和で退屈な街って言われているらしい」
そこまでひと息に話すとヘンリーは水を一口飲む。理屈っぽくてよく喋る人だな、とアリスは感心する。
「そうだ! アリスちゃんさ、せっかくだしリーブラント回ってみようか。 服もボロボロだし新しいの買っちゃおうよ」
スペードが提案する。
「僕は家にいるよ。 色々とやりたい事があるし」
「うんうん。 ヘンリーちゃんは初心だからねえ、女の子と買い物なんてまだ無理だもんね」
スペードはいしし、と笑いながらヘンリーをからかう。それに対してヘンリーが大きなため息で返事をする。
「さ、初心な男子は放っておいて、行こうかアリスちゃん」
スペードはひと足先にドアを開けて外に出る。アリスは振り返り、まだこちらを見ているヘンリーと目を合わせる。
「? なんだよ」
「初心」
そう一言だけ残してアリスは小走りでスペードに着いていく。
「おい! 生意気な奴め!」
後ろから聞こえるヘンリーの声を聞きながら、アリスはいしし、と笑った。
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