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この街の天秤
天秤の街リーブラントは華やかな街だった。退屈な街、と称されていることが疑問に思えるほど刺激が多く、興味を引く店が軒を連ねていた。
アリスが目を覚ましたあの森と同じ世界に存在する場所であることが信じられないような、人工物の街。街を行き交う人々の顔には平和が張り付いていた。
「アリスちゃんはさ」
先ほど買ったソフトクリームを舐めながらスペードは話す。
「ブラウンのモチーフを覗いたんだよね」
「ええ、彼はこことは違う世界で商売をしていたわ」
「うーん、そっか。 やっぱりこの世界って現実世界じゃないのかもねえ。 まだ誰もこの世界が何なのかよく分かってないんだよ実は」
アリスもまた、ソフトクリームを舐めながら話を聞く。
「どうやら世界が先に存在して、そこに後から人々がやって来ているみたいでさ。 人によって来るタイミングはばらばらだし……」
「そうなのね。 でもここの人達は不思議ね。 誰も襲いかかってきたりしないし」
ははっとスペードは気持ちよく笑う。
「そっかそっか。 アリスちゃんはこっちにきてから襲われっぱなしだもんねえ。 大丈夫、少なくともこの街ではある程度の安全が保証されているよ」
「みんなは自分の記憶に興味がないの?」
「んー、そうだね。 よく知らない世界でも、
平和に生きていけるならそれで良いって考える人の方が多いもんだよ、実際。 それに……」
「キャー! 助けて! 誰か!」
ふたりが歩いていた道の先から悲鳴が聞こえる。その声は、走って逃げる女性から発せられていた。
それを追うように、曲がり角から三人の男が現れる。女性を追いかけている。女性の服ははだけ、大事そうに何かを抱えていた。
それを見たアリスとスペードは持っていたソフトクリームを投げ出し、同時に走り出す。
しかしアリスがその女性のもとに到達したその時には、既にスペードは男達の眼前へと辿り着いていた。
唐突にカッと何かが煌めく。その光はカメラのフラッシュのように周囲の人間から視界を奪う。それが等間隔に三度ほど繰り返される。
ようやく眩しさから解放されたアリスが、心配からスペードの向かった方向に目を向ける。
しかし、その心配とは裏腹、アリスの目に映ったのはその場に倒れた三人の男と、それを見下ろすかのようにその場に立つスペードの姿だった。
彼女はもぞもぞとポケットから手帳を取り出しその表紙をアリスに見せる。革でできたその表紙には、天秤のマークが刻印されていた。
「それに……この街の安全は、私が、私達が保証している」
スペードはにっと笑い、続ける。
「『トレイ』はこの街の天秤となる組織。 分かった? アリスちゃん、だからこの街は安全だよ」
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