何かが滑り落ち

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何かが滑り落ち

「ブラウン商会は、今まさに内部分裂を起こしています」  カナリアが語り出す。一旦家へと戻ったアリスとスペード、それから事情を聞かされたヘンリーは黙ってそれを聞いていた。 「ブラウンさんが消失してしまったことで、一部の商会のメンバーが反乱を企んでいるようで……。 いや、あるいはもっと前からだったのかもしれませんが、とにかく彼らはブラウンさんが持っていた特権のようなものを欲しがっています」 「ちょっと待ってくれ」  ヘンリーが話を止める。 「なんでブラウンが消えたことを商会のメンバーは知っているんだ? そのコインを持っている君が気付くのは分かるんだけど」  確かに、と小さくスペードが頷き何やら手帳に書き込む。 「ああ、えっとそうですよね。 実は商会の中には半ば強制的に労働をさせられていた人々が少なからずいるんです」  持っていたペンをくるりと回し、スペードが口を挟む。 「少しだけ聞いたことがあるね。 私の担当ではないから詳しくはないんだけど、罪人たちのことかな」 「ええ、その通りです」  スペードはアリスとヘンリーに対し目を向け、説明を加える。 「私達トレイと商会は実は結構密接な繋がりがあってね。 私達が捕らえた罪人……そうだね、アリスちゃんがさっき見たような人達がそうだね。 ああいった人達の一部を、労働力としてブラウン商会に斡旋しているらしいんだ」 「え、それって……大丈夫なの? 危ない気がするんだけど」  アリスの疑問にカナリアが答える。 「ブラウンさんには『等価交換』の才能がありました。 それを使うことで彼らと契約を行っていたようです。 安全の保証であったり、あるいは金銭的な援助であったりとそういった条件による契約でこれまで大きなトラブルはありませんでした」 「そうか。 その効力が切れたことに気が付いた人間がいたんだね」  スペードは小さく溜息をつく。アリスにとって初めて見るスペードのそのシリアスな表情が、ことの厄介さを雄弁に語っていた。 「ええ……」  んん、と少し唸った後で再びヘンリーが問いを投げかける。 「で、そんな彼らが狙っているブラウンの特権ってのは何のことなんだ?」  カナリアが少しの躊躇いを見せる。しかし数秒の後、彼女は話し始める。 「私はもはや、頼る相手がいません。 なので、あなた方を信じて話をさせて頂きます」  カナリアの表情から、状況がかなり悪い方向へと傾いていることをアリスは感じた。 「ブラウンさんにはひとり、とても重要な協力者がいるんです。 ブラウン商会の品物はほとんど全てその方が作り出しています。 例えばそう、これも」  カナリアは目玉のついたコインを取り出し、テーブルの上に置いた。その目は閉じられている。 「ブラウンさんはその材料や対価として他人のモチーフをその方に渡していました。 もちろん、街の人に彼が手を出すことはありませんでしたが……。 アリスさんが襲われたのも、きっとそのためだと思います」  スペードがペンを走らせる音だけが部屋に響く。 「もし、もしその方の場所や正体がばれてしまえばきっと商会の裏切り者たちはあの方を……」 「すごく、まずいねそれは」  スペードはペンを止め、首を傾げ、眉間に皺を寄せる。 「君はその人にコインを渡しに行く途中だった、ってことだよな? 何のために?」 「ええ。 まず第一にブラウンさんの消失と反乱について伝えるためです。 何としても彼が捕まることは避けなくてはなりませんし。 それから、あの場所は安全なんです、基本的には」 「? それはどういう……」  ヘンリーが問いを続け、カナリアはそれに答える。彼女の中で三人を信じる覚悟は決まったらしい。 「ブラウンさんと彼が待ち合わせる場所はいつも同じです。 森のはずれにある、名前のない小さな街にあるバー。 何かが滑り落ちてしまった人だけが見つけることのできる場所」  スペードは既に手を止め、カナリアの話に集中していた。アリスとヘンリーも、ただ黙って言葉の続きを待つ。 「Ghost’s lip」  カナリアが言う。 「それがそのバーの名前です」
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