才能 その2

1/1
前へ
/28ページ
次へ

才能 その2

 アリスの指先がガラス玉に触れたその瞬間。ガラス玉の中の星が鮮やかに煌めく。ガラス玉を引っ張る力が糸のように解けていき、その紺色の塊は踊るようにアリスの手元に戻る。アリスは勢いのままその場に転がり込む。 「今のが、私の『才能』……?」 「チッ!もう気が付いたのか、自分の『才能』に」  ガラス玉を強く握り、そしてアリスは再び走り出す。ブラウンに向かって走り出す。次に取るべき行動は、奴のあの右手のコインを奪うこと。触れるだけでも良い。それで私は勝利することができる。  アリスの思考は研ぎ澄まされていた。 「近寄るんじゃねえ!」  ブラウンは目に見えて焦っていた。彼の言葉からは丁寧さは既に失われている。彼は拳をアリス目掛けて振り下ろす。その瞬間アリスが願う。ガラス玉が再び閃き、『才能』が現れる。 「なん……」  アリス目掛けて下ろそうとしたはずのその腕は全く同じ軌道を逆向きに辿るように戻っていき、そしてその手に握られたコインが(あら)わになる。  ちょうどそこに到達したアリスはブラウンからコインを奪い、その勢いのまま距離を取り、彼に向き直る。姿勢を整え、アリスはブラウンを見据える。 「あなたにも、みっつ教えてあげるわ」 「そのコインを返せ!」  ブラウンは倒れ込み、そこから動くことが出来なかった。 「まずひとつ、私の『才能』は戻すこと……」 「後悔からくる『才能』だな……。貴様はきっと私にこんなことをしたことを後悔するんだぜ……」 「いいえ。 後悔ではないわ、取り戻すこと。 それが私のルーツなのよ」  根拠はないが、アリスはそれを確信していた。爽やかな風が吹き、アリスの髪を揺らす。 「ふたつめ。 それから分かるように私は奪われることが世界で一番嫌いなの。 記憶がなくてもそれを感じた」  ブラウンは歯を食いしばり、立ち上がる。彼は知っていた。自身のモチーフとなるそのコインを他人が覗いた時に何が起こるのかを。ブラウンが走り出す動きをとる。 「みっつめ。 身の丈にあった言動を心がけるべきよ。 あなた、さっきから随分と見苦しいもの」  アリスはコインを目の前に掲げ、右目でそれを見る。コインの先に、小さな店内と物を持って並ぶ人が見える。これはきっと、彼の記憶……。商売をする記憶だ。しばらくそれを見ているとコインは消失してしまう。  そして、アリスの目に、ゆっくりと消えていくブラウンが映る。彼の身体が空気に溶け出し半透明な映像のようになっていく。 「え……」  現実味のないその現象に、アリスは驚く。その表情を見たブラウンは、意地の悪い笑みを浮かべる。 「ああ! 教えていなかったな! そうだぜ! モチーフを見られた人間は、こうやって消えちまうんだ! あんたがこの俺を消したんだぜ! 後悔したって遅い。 もう戻すことなんて出来ねえのさ!」 「そんな! 消えたらどこに行ってしまうの!?」 「知るか! 消えた人間にしかそんなのはわかりっこねえ! それとよ、もうひとつ教えてやるよ嬢ちゃん!」  もはやブラウンの姿は(ほとん)ど認識不可能なほど透明へと向かっていた。 「ジョニー・ウォーカー……。 あんたは俺を消したんだ。 奴があんたを追ってくるぜ......。」  そこまで言って、ブラウンは完全に消失した。残った彼の粒子を(さら)うように風が吹く。 「ジョニー・ウォーカー……」  目の前で起こった不可思議な現象の数々。アリスには考える時間が必要だった。アリスはその場で立ち尽くし、そこに残ったブラウンのボストンバッグをただ見つめていた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加