ブラウン

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ブラウン

 俺はついに、自分の店を構えることが出来た。ここまで俺は大きな失敗もなくただ無難に人生を(まっと)うしてきた。  きっと俺はつまらない人間だ。自分でもよく分かる。他人の様子を伺い、(ふところ)に入ることだけを意識したコミュニケーションだけをしてきた。 「価値のある人間になれ」  両親からはそう言われて育ってきた。だから俺は決まった価値を担保(たんぽ)してくれる金が好きだ。金さえ稼げば、それが俺の価値になる。  そして俺は、社会人になり金を稼ぐ。死に物狂いで、周りの目を気にすることなく、俺は着々と金を貯めた。恋人や友人、経験。そんなものはあとから金でどうとでもなる。  そうして作り上げたこの店が、この財産が、俺の価値だ。価値を与えられるだけの会社員から、ついに俺は価値を与える立場になった。  数々の雑貨を買い付け集める作業は俺に、自分自身が手にすることのできなかった、取りこぼしてきたものを拾い集めるような気持ちを与えた。この店にある全てのものが俺自身だった。  そんな俺の店に、値切りをする連中が頻繁(ひんぱん)に来るようになった。  理由は明確だった。俺の身なりや態度だ。他者とのコミュニケーションにおいて(へりくだ)ることで価値を示してきた俺のこの姿は、彼らのような(けだもの)に格好の餌食とみなされてしまう。  商品を値切られることは、俺自身の価値を値切られることに等しい意味を持つ。俺は自分の価値を守るため、見せかけだけの価値を他者に見せつけなければならないことに気がついた。  いかにも金持ちそうなスーツ。それから金の腕時計。そしてテレビショーに出るような金持ちの喋り方。俺はとにかく自身の価値を上げるために時間や金をかけた。    みるみるうちに売上は増え、俺はまたその収益を自身の価値のために回す。楽しかった。自分にかける金額を増やせば増やすほど周囲に人間が集まってくる。次第に俺は、店の商品の価格も上げるようになった。 「おじちゃん、変わったね」  ある少年が俺に話しかける。彼は店を開いた当時から(ほとん)ど毎日店に来ては、時々気に入った安いものを買っていた。 「前はもっと優しかったし、それに何だかお店のものも高くなっちゃった」  子供のくせに、俺の店に、商品に、そして俺自身に文句をつけるのか。 「冷やかしなら……帰ってくれるかな、少年」  どうせ払う金も持たないガキだ。追い出してしまっても損失はない。 「どうして別の人の真似をするの? 僕は前のおじちゃんの方が好きだったよ」 「チッ」  俺が舌打ちをすると少年は(おび)えた素振りをしてそそくさと店を出ていった。俺は俺だ。俺に相応(ふさわ)しい価値を周りに示しているだけだ。何も間違っちゃいない。間違っちゃいないさ……。  少年がそれ以来店に顔を出さなくなったことに気がついたのは、それから数ヶ月が経った後だった。
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