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追手の男達 その3
「さあお嬢ちゃん、渡しなよ」
長身の男がじりじりとアリスに近づく。一定の距離を取るようにアリスも後ずさりをする。
「アニキィ、もう力づくで奪っちまおうぜぇ」
小柄な男が細い目をさらに細め、その黒目をぎょろりとアリスに向ける。ようやく落ち着きかけていたアリスの心拍数が再び上がる。
どうにかこの窮地を抜ける術を。この二人の能力、そして自身の能力の可能性……考えることはあまりに多く、アリスの思考はそのどれをも選べずにいた。
「あなた達は兄弟なのね?」
「ああ? そうだけどなんでそんなこと聞きやがるんだぁ?」
小柄な男が怪訝な顔をする。
「時間稼ぎしたって無駄だぜ。 もう俺達から逃げることは出来ないんだからな」
やはり厄介なのはこの男の方、この男の興味を引くことのできる方法を考えるしかない。アリスは吸い込んだ酸素を思考のエネルギーに変換していく。
「そう、なら記憶の欠片を集めるのが目的ってことかしら」
「おいお前! 何が言いたい! 俺たちにケチつけようってのか! 大体な、こんな世界じゃ他人から奪うしか……」
「まあ落ち着けよベル。 このお嬢ちゃんの話を聞こうじゃないか。 俺の名前はメイだ、もちろんこの世界での話だがね」
長身の男が宥める。もう少し喋らせておきたかったが仕方がない。アリスは諦め、交渉に向けて言葉を紡ぎ出す。
「ここにあの男のメモがあるわ」
「ほう」
メイと名乗る男が頭を斜めに傾ける。ベルと同じように細められたその目からは、彼の疑り深さが窺える。
「つまりそうか。 そこに書いてあるのは他の人間の情報で、お嬢ちゃんは自分の代わりにその情報を俺達に寄越す。 そういう交渉をしたいと?」
「……ええ、そうよ」
自身の考えを先回りされ、アリスの心臓は跳ねる。冷静を装うことに精一杯で、その先の展開を考える余裕はアリスには存在していなかった。
「駄目だね」
メイは続ける。
「交渉に乗ればひとつ分を損することになる。 お嬢さんがその紙を破いたとして集めれば済む。 何より、お嬢ちゃんさえ仕留めれば俺達は確実にひとつは得をする」
淡々とメイの唇が動き、温度のない言葉が放たれる。
「それからそれ、どうせそんな情報は書いていないんだろう?」
「……」
アリスがメイと交渉をするには、圧倒的に経験値に差がありすぎた。少しばかりの時間稼ぎのつもりが大した成果を得ることなく、かえって相手側に心的有利を与えてしまったようだった。
「そう、あなた、賢いのね」
「そうだぜ! アニキはすっげえ賢いんだよ! 参ったか!」
ベルが自分のことのように誇らしげにする。もはや彼の声をアリスの耳は遮断していた。
「ならもう賭けるしかないのね……」
「ほう、何に賭けるって言うんだ?」
挑発的な態度でメイが問う。自身の推理を言い終えたメイの表情には少しの油断が表れていた。アリスはガラス玉を強く握りしめる。現状を打破する可能性。それがあるとすればそれは……。
「自分の『才能』よ」
手の中でガラス玉が輝き始める。いつか見たあの流れ星をもう一度見るまで、負けたりはしない。アリスは心にそう強く誓った。
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