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僕はとても怖い。
もうそろそろ足を取られた自分が目の前の彼にしがみつき、彼のことを沼の底に沈めてしまいそうだから。
彼の方はとっくにそんなこと分かっているよと言わんばかりに。
僕を支える両の手にひと際強く力を込める。
彼の手を離さなければならない。
僕には分かっていた。
何度も足掻きながら試みた。
しかし遅すぎた。
ここに来た時点で――答えは決まっていた。
僕は彼を――最も愛する美しい人を――沼の底に沈めるためにやって来たんだってこと。
「……ごめんなさい」
色をなくし震える僕の唇が形だけ囁く。
声にならない声で。
「僕が来たのは間違いだったかもしれない……ごめんなさい……」
九条さんはというと。
耽美な表情を浮かべたままちょっと困ったように眉を寄せていた。
そして聖母のような眼差しで今にも泣きだしそうな僕をずっと見下ろしていた。
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