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「僕は自分から彼を助けることを選んだ。もちろん君のためでもあったけれど本当は――それで自分がもっと懐の深い人間であるかのように感じたかっただけかもしれない」
吐息がやがて深い溜め息に変わる。
それ以外何の音もしなかった。
だから長い睫毛の瞬きする音さえ聞こえそうな気がした。
「結局はそれで君に恩を売りたかったのかもしれない。彼を助けた自分を英雄化して認めてほしかった……なのにその反面僕の中に醜い考えが絶えず浮かぶようになった」
彼の手に力が籠るのが分かった。
その力は決して僕を傷つけるのでなく、己の手に爪を食い込ませるようなやり方だ。
「彼が君を抱いていると知る度――君らが愛し合っていると確信する度――僕がやった体の一部が彼の中で拒絶反応を起こせばと……」
九条敬は言い淀む。
僕には彼の望みは痛いくらいよく分かった。
それが普通の人間なら迷いもなく抱くであろう感情であることも。
「僕は善行をし、しかし不可抗力によって彼が滅ぶ……君は僕を恨まないだろうし、彼だって僕を恨むことはないだろう。それならこれ以上に望むべき状況はもう2度とないかもしれないなんて――」
しかしそれより先は――聖人である九条敬の領域では禁忌なのだ。
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