暗渠血海

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 舟蟲は階段を軽い足取りで下りていった。  階段の下でピレイがニヤニヤしながら待っていた。 「ほら、もうお越しだ」  ピレイが玄関ホールに顔を向けた。   ガラス越しに幼い顔立ちをした男女たちが、しきりこちらを覗きこんでいる。内部にまさか人がいるとは思わなかったらしい。  明らかに狼狽と失望の表情が見てとれた。彼らは頭を寄せ集めて協議を始めた。中に入れてもらうか、すたこら退散するか、これからの方針を決めようとしているのだろう。  ピレイは、彼らの結論が出る前に玄関ドアのロックを解除した。 「どうぞ、いらっしゃい」  わざとらしい怪しげな日本語で招きいれた。若き冒険者たちは、それでもまごまごしている。思いがけない展開に尻込みしているのだろう。 「あなたたち、肝試しの高校たちですね。わたし、歓迎するよ。ただし、ここは遊園地のアトラクションとは大違い。見学タダ、立ち入り禁止区域以外は どこ歩いてもオーケイ。わたし、案内するよ」  お前の方がずっと怪しくて警戒されてしまうだろうが。舟蟲はツッコミを入れたくなったが苦笑いするにとどめ、 「どこでどう調べたのわからないが、ここが心霊スポットとして有名らしいな。彼は、マートル・ピレイ氏、ここの施工主だ。そして私は改築プランナーの船山。さあ、そんな所に立ってないで中に入りたまえ」  舟蟲はポケットから名刺入れを取り出して、多種多様な変化に対応できるようにあらかじめ用意しておいた名刺の一枚を抜いて、列の先頭の若者に差し出した。それは国土交通省お墨付きの一級建築士資格を有する名刺だった。もちろん、嘘っぱちである。だが、先頭の若者はうやうやしく名刺を受け取り、じっと眺めた。 「この建物は全て解体することになってる。解体前の大使館だから、君たちだけじゃなくても、興味を持つ者は多いだろう。さあ、何を遠慮してるんだ、入って、幽霊が本当にいるかどうか確かめてくれ」  舟蟲はわざと語気を荒くして、若者たちを両腕で覆うような仕草をした。  彼らはお互いに顔を見合わせ、意を決したように一歩前へ踏み出した。 「おじゃまします」  名刺を受け取った青年が先陣を切った。ジーンズにレンガ色のシャツを着てその上からオリーブ色のサマーカーディガンを羽織った、長身の大学生風の男である。 「皆さんそこに並んでください」  ピレイがおもてなし風の笑みを顔いっぱいに浮かべた。若い男女が整列をしている間に、ピレイは玄関のドアを施錠した。  乾いた金属音が異様に大きく響いた。  
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