暗渠血海

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 梶田碧衣と名乗った少女も玉川上水高校の二年生だった。目鼻立ちの明るい可愛い()で、黒のスラックスを穿き、トップスはディズニーキャラをあしらったカットソーを着ている。いかにもアミューズメントパークのである。  いずれ彼女はこれがでないことを思いしるだろう。もちろん、舟蟲はそんなことを口にしたりはしない。心の奥でほくそ笑むだけである。  舟蟲は梶田碧衣の隣りに並んでいるポニーテールの少女に目を向けた。彼女も学校の制服を着ていた。グレーのブレザーにえんじのチェック柄のスカート姿だ。 「小林奈菜です、よろしくお願いします」  ぺこりと頭をさげるとポニーテールがふわりと揺れた。  その途端、舟蟲は急激な違和感を覚えた。ごく普通の女子高生だと思うのだが・・・舟蟲の背中がゾクリとするような、電気に触れたような痛みにも似た感覚だった。 「僕は、伏見敏夫です。すいません、リアルライバーで、心霊スポットの生配信やってもいいですか」  レッドソックスの野球帽をかぶった若い男が、舟蟲の違和感を払拭するような大きな声で許可を求めてきた。一眼レフカメラをぶら下げ、右手にはスマホを握りしめている。 「リアルドライバーだと?」  舟蟲は思わず声を荒げた。リアルドライバーとは、グッドマークのフォロワーがリアルタイムでカウントされていくインターネット動画配信のことだ。 「お願いしますよ」  伏見敏夫はスマホを腋に挟むと、両手拝みをして頭を下げた。  舟蟲としては大使館内部が撮影されるのは避けたかった。そんなことが開示されれば、大使館の秘密が漏洩してしまうかもしれないのだ。舟蟲は、ツアーで見聞きしたものすべての他言無用の念書を書かせるつもりでいた。 「いやあ、いいですよ」ピレイが手をパチンと鳴らした。「ただし、場所と建物の名前はNGです。『ある建物の中』とだけなら、オーケイです」 「あの、それだと心霊スポット情報にならないんですよ」  伏見敏夫は食い下がった。 「では、ダメです。お帰りください」  ピレイは大きな肉厚の手のひらを挙げて、伏見を押し戻すジェスチャーをした。  伏見はすぐに折れた。「わかりました」 「では、行きましょう」  ピレイは階段を上りはじめた。ピレイのうしろにリーダー格の遠沢拳也、リクルートの阿久根淳、遠沢拳也の弟の卓、ディズニーキャラの梶田碧衣、ポニーテールの小林奈菜、レッドソックスの野球帽をかぶったリアルドライバーの伏見敏夫が続いた。舟蟲はしんがりをつとめた。  とつぜん、ポニーテールの小林奈菜が階段の途中で立ち止まった。 「あの、ここに子供がいるんですか」  彼女の目線は階段の上に向いていた。  みんな、ぎょっとしたように立ち止まった。  しかし、それらしき姿はどこにもなかった。  舟蟲は目を凝らした。舟蟲の視界には何も映らなかったが、気配は感じていた。  それはかすかなだった。  
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