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彩音と笹山はオフィスに戻ってデスクにつき、それぞれ担当している商品の戦略などを考えながらパソコン画面に向かう。ほどなく昼休憩のチャイムが鳴り、彩音と笹山はオフィスを出て社員食堂へ向かった。
2人がテーブルで向かい合って食事をしていると、食堂内がざわつき始めた。彩音は何事かと出入り口に視線を向けると、食堂に入って来た星野、町田、古谷の3人に目が留まった。食堂内の視線が3人に向けられている。
皆に注目される中、3人はトレーを持ち窓際の席に座った。星野と町田は並んで座り、その向かい側に古谷が座る。3人は周りを気にする事もなく食事を始め、他愛もない会話をしながら仲良く食事を楽しんでいた。
「すごい仲が良さそうだね。てか、あの立場になっても社食って…」
笹山が3人の様子を見て話し、ニヤリと笑う。
「そうだね。仲が良さそうだね……あの3人はどんな立場になっても、変わらないのかも知れないね」
彩音がそう言うと、笹山はまた食べ始めて、食べながら話す。
「そういえば、星野副社長は営業部長の時から、よく社員食堂に来てたもんね」
「うん。よく窓際で見かけた」
彩音も食事をしながら答える。
「その頃から変わってないって事か…ふーん、何かいいね。壁がないっていうかさ、役職を振りかざしていない感じが。ほらっ、皆もそう思っていそうだよ」
手を止めて2人で食堂内を見回すと、食堂にいた者は皆、3人を微笑ましく見つめて食事をしていた。彩音は笑顔で話している古谷を見つめて、呟く。
「古谷先輩らしいな…」
(すごく楽しそう。朝、あんな発表があったのに、古谷先輩は2人の結婚をどう思っているんだろう…)
好意を寄せている人の結婚。それはとてもつらく苦しい事のはず。だけど彩音の目に映る古谷は、つらそうでも苦しそうでもなく、穏やかで楽しそうな顔をしていた。以前、離れた場所で町田を見つめていた時とは違う。
(古谷先輩は、もう諦めたのかな……気持ちにケリをつけたのかな…)
古谷を見つめ、色々と想いを巡らせている彩音に、笹山が声をかける。
「彩音? おーい、彩音」
「ん? な、何?」
「今、携帯に入って来た。来週の週末に決まったみたい。合コン」
「えっ…」
「昼1時に駅前集合だって。ちょっとカフェで会ってから、移動するみたい」
「鈴、私、合コンは…」
「ダメッ、行くよ! もう古谷先輩の事、諦めるんでしょ。なら、他に目を向けなよ」
彩音は何も言えなくなり、仕方なく頷いた。
古谷にもう一度気持ちを伝えても、答えはきっと変わらない。寧ろ、古谷を困らせてしまうだけだ。気持ちも立場も、彩音から離れたところにある。彩音の手の届く場所に古谷はもういない。
(古谷先輩……大好きだった。ずっと見つめていたかった。この目に閉じ込めておきたかった。先輩に見つめ返して欲しかった……でももう…)
「彩音、行くよ」
「うん…」
彩音は古谷を最後に一度だけ別れを告げるように見つめ、笹山と食堂をあとにした。
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