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「お前……俺を避けたのか? 約束したよな、避けないって。お前が言い出したんだぞ。それを…」
「避けた訳じゃないですよ。だって先輩、もう私が気軽に声をかけられるような人じゃないから…」
彩音は必死に弁解する。避けた訳ではない。今までにも、食堂や1階の出入り口で古谷を見かけていたが、ただ話しかける事が出来なかった。いつも古谷の視線の先には想い人の町田がいて、邪魔する事は出来なかった。
さっきの食堂でもそうだ。楽しそうに話している古谷に話しかける事は出来ず、ましてや自分の想いを断ち切る為に、彩音は古谷に別れを告げたのだ。
だがその事を古谷に言えるはずもなく、彩音は役職の事を引き合いに出し誤魔化した。
「なんだそれ? 今、こうして話してて、何か変わっているか? 別に何も変わってねぇだろ?」
「はい……何も変わってない…」
(分かってる……古谷先輩はそんな人じゃない…分かってるけど…)
彩音がうつむいていると、古谷が急に頭を下げて言った。
「あっ、でも、悪かったとは思ってる。朝の発表で俺が親族だった事、水川も驚いたか?」
「はい…」
驚いたのは本当だ。思いもしなかった事で驚いたが、色々な事が1つに繋がり彩音は納得していた。
「水川には何度か話そうと思ってはいたんだけど、話して変に気を使われたりするのが嫌だったんだ。でも、今思えば、水川はそんな奴じゃないよな」
古谷はそう言って微笑むが、彩音は笑顔を作り強がって先程と同じように誤魔化す。
「いや、そんな奴ですよ……実際にさっきそうだったんですから…」
「いや…違う。本当は何か別の事で、俺に声をかけなかったはず。例えば……俺が親族だって話さなかった事を怒ってたとか? 「何で話してくれなかったんですかぁ」って」
真剣な目で彩音の心を見透かすように言う古谷。彩音は少し焦り、どう誤魔化そうかと思案していると、彩音の真似をして古谷が言い、彩音はそれを利用する。
「ふふふっ、正解! 何で話してくれなかったんですかぁ! 私はそんな事で態度を変えたりしませんよ!」
それは本心でもある。でも食堂で話しかけなかった理由とは違う。彩音はそれでもその事を理由にし、本当の事を隠して古谷に嘘をついた。
「はっ、はははっ! やっぱ水川最高! 俺、お前のそういうとこ好きだわ!」
だが古谷は、彩音に嘘をつかれている事など思いもせず、彩音の大好きな笑顔でそう言った。
彩音の中で、断ち切ったばかりの古谷への想いが揺らぐ。古谷がオフィスに現れた時、まるで断ち切った想いを引き留められた気がした。迷わないように想いを閉じ、必死に諦めようとしているのに、古谷は残酷なまでに彩音の欲しい笑顔を、言葉をいとも簡単に言う。
(悪意がないから……なお、悪い…)
目に涙が溢れ、今にも零れ落ちそうになり彩音は立ち上がって言った。
「せ、先輩! 失礼します!」
そう言った瞬間、涙が零れ落ち、彩音は休憩室を飛び出した。
泣いた顔のままオフィスには戻れない。トイレに駆け込もうとしたが、古谷に追いかけられて理由を訊かれても困る。彩音はそのままエレベーターに乗り1階に下り、手で顔を隠して出入り口を出た。そのまま近くの公園に向かう。
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