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「イチヤも、キホのことを好いておるのではないのか?」
「そりゃ好きだよ。でも、兄妹みたいなもんだから」
「二人はお似合いじゃと思うがのう」
「あのな、世の中の幼馴染が、みんな恋愛感情を持つわけじゃないんだぞ。漫画じゃあるまいし」
物心つく前から一緒に遊んでいたのだ。壱弥にとって、希穂は家族同然の存在だった。いくら大人っぽくなったとはいえ、今更恋愛対象になるような関係ではない。
「そうは言っても、男女の仲は分からぬものじゃ。ましてや、年頃であるからのう」
「だから、男女の仲じゃなくて、妹同然だって。神様ってのは、人の恋愛話が好きなのか?」
「そうじゃの。ヒトを知るには、色恋沙汰が一番である」
確かに、それは一理あるかもしれない、と壱弥は思った。
恋愛というものは、人の本性が垣間見える。壱弥自身も、それは痛感していた。
「イチヤ。お主のこれまでの女性遍歴はすべて見せてもらったが」
「やっぱり、見たのか」
「お主、恋愛に対して主体性がないのう。常に女子の良いようにされておるではないか。そしてその淡泊さゆえに、愛想を尽かされてばかりじゃ」
これまで付き合った女性は、特段気が強かったというわけではないのだが、壱弥があまりに自己主張をしないことに不満を持たれることが多かった。
自分としては相手が良ければそれでいいと思っているだけなのだが、どうにもそれが淡泊に見えてしまうらしい。
恋愛に限らず、もともと感情や思考を表に出すタイプではないので、何を考えているのか分からないと言われることもある。
「しかしイチヤ。我は分かっておるぞ」
「なにを」
「お主は人一倍、相手のことを思いやる性格じゃ。それを優しさと思えず、自分を持たぬつまらん男だとみる女子もおるのであろう。お主の心を深く知ろうとせずにな」
一ケ月前、わずか二ヶ月足らずで別れた彼女に言われたのが「もっと引っ張ってくれると思っていた」ということだった。
随分と勝手なイメージだなと思ったが、自分も彼女のことをよく知らないまま付き合っていたのだ。
告白され、特に断る理由がないと承諾してしまうのだが、結局はお互いのことを深く知ることができずに関係が終わってしまう。
自分は恋愛に興味を持てないのだと思っていた。
「だからこそ、キホのように何の遠慮もいらぬ相手が必要なのではないかのう」
もしかすると、ナナシなりに壱弥のことを心配しているのかもしれない。その気持ちは、嬉しかった。
「まぁ、言わんとすることは分かるよ。ありがとう」
「ヒトの一生は瞬く間に終わるからのう。お主が後悔のないようにすることじゃな。ところで、明日は何があるのじゃ?」
「ああ、筑後川の花火大会だよ」
「ほほう。それは興味があるのう。我も共に行くぞ」
「いいけど。話しかけてきても、無視するからな」
幼馴染や地元の友人と会うのは、正月の帰省以来だった。
大学やバイト先にも友人はいるが、子供のころから共に過ごしてきた故郷の友人は、やはり特別な存在だ。
普段はあまり連絡を取り合っていないこともあり、会うのが楽しみだった。
「明日に備えて、今日は早く寝ることにするぞ、イチヤ」
「神様はあんまり寝ないって言ってただろ」
「今日は、フトンの魔力を確かめなければならぬのである」
宣言通り、この日は就寝時にナナシがベッドへと入ってきた。
神様もいびきをかくし、寝相が悪いし、寝言も言う。少々寝不足にはなったが、新たな発見がある夜だった。
翌日の夕方。花火大会へ向かう支度をしているところに、浴衣姿の希穂が現れた。
「はい、お披露目!」
希穂は壱弥の前でくるりと一回転して、両手を横に広げてみせた。
白地に大きなひまわりがあしらわれた、華やかな浴衣だ。昨日着ていたワンピースもそうだったが、希穂はひまわりの柄が好きだった。
髪は綺麗にまとめ、飴玉のような玉かんざしを挿している。
「どう、可愛い?」
「うん、可愛い。よく似合っとうよ」
「ときめいた?」
「ときめいた、ときめいた」
「棒読み!」
希穂は口をとがらせながら、壱弥の肩を小突いた。こういうやり取りも昔から変わらず、心を和ませる。
相変わらずにやにやと様子を眺めているナナシの姿が目に入り、昨日の言葉が一瞬頭をよぎったが、壱弥はすぐに振り払った。
「ケン、何時頃来るって?」
「香菜ちゃん拾ってからやけん、あと十分ぐらいやない?」
幼馴染の浅倉健二と、その彼女の大石香菜が壱弥の家に迎えに来ることになっている。
筑後川に向かいながら道中で三人拾い、計七人で会場へ向かう予定だった。
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