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ほどなくして、健二のミニバンが家の前に到着した。運転席から健二が、助手席からは香菜が降りてくる。
「うわぁ」
壱弥の姿を見るなり、健二が声を上げた。普段通りの少しゆるいストリート系の洋服を着ていて、以前会った時より髪の色が明るくなっているようだ。
「なんだよ、うわぁって」
「いや、壱弥は相変わらずやなって。浴衣、着こなしすぎやろ」
「相変わらずバリかっこいいね、壱弥くん。写真撮っていい?」
優美な藍染の浴衣を纏っている香菜が、目を輝かせながらスマートフォンのカメラを向けてきた。
スマートフォンの画像フォルダが空っぽな自分からすると、なぜこうも写真を撮りたがるのかは、よく理解できない。
「撮ってどうすんの」
「思い出と目の保養よ。壱弥くんの浴衣姿なんてレアやんか。大丈夫、インスタには上げんけん」
「ねぇねぇ香菜ちゃん。こん浴衣、私が作ったとよ」
「さすが、きぃちゃん。壱弥くんの似合うものを、よう分かっとるね。てか、きぃちゃんも可愛い!」
「香菜ちゃんの浴衣も、めっちゃ綺麗!」
お互い褒め合いながら撮影会を始める女子二人に苦笑いを浮かべていると、呆れた表情でその様子を眺める健二と目が合った。
健二とは幼稚園から高校までずっと同じクラスで、希穂と同様、勉強をするのも遊びに行くのも常に一緒だった。
お互いの性格をよく理解しているので、多くを語らずとも何となく意思疎通ができる。
「樹里たちが待っとうけん、はよ行こうぜ」
壱弥の心の内を察して、健二が助け舟を出してくれた。
ミニバンは七人乗りのもので、壱弥と希穂は最後方の三列目のシートに座った。そしてその間に、当たり前の顔をしてナナシが座る。
もちろん希穂にもナナシは見えていないので、壱弥は素知らぬ顔をして前を向いた。
五分ほど車を走らせたところで、幼馴染の一人、三上樹里の家に着いた。
樹里は家の外で待っていて、笑顔で手を振っている。
「壱弥、元気そうだね」
「おかげさまで」
樹里は、小学二年生のときに多智花町へと引っ越してきた。一学年一学級なので、卒業までずっと同じクラスで過ごした。
初対面の時から穏やかで物静かな少年だったが、それは今も全く変わっていない。
「莉子と美波もうちに来てるから、呼んでくるね」
樹里は一度家に入り、桂田美波と森本莉子を連れて戻ってきた。
同い年の美波は幼稚園、一歳下の莉子は中学校のときからの友人だ。二人とも艶やかな浴衣を着ていて、一気に車内が華やぐ。各々の浴衣を褒め合うのは、女子の恒例行事らしい。
一通り褒め合いが終わると、壱弥の東京での生活のことに話題がうつった。
壱弥以外は地元で進学しているため、頻繁に会っている。年に数回しか地元へ帰ってこない壱弥の話が中心になるのは、毎度のことだった。
「そういや、壱弥はまた彼女と別れたって?」
莉子が振り返って言った。昔から他人の恋愛話が大好物で、おせっかい焼きだ。
「“また”って言わんでくれん?」
「だってさ、壱弥ってモテるけど長続きせんじゃん。見た目がよすぎて、ギャップありすぎって思われるっちゃない?」
「ぼーっとしとること多くて、中身はカピバラっぽいけんねぇ」
おっとりしているが毒舌な美波の言葉に、全員が吹き出した。
「カピバラとは、げっ歯類最大の動物のことであるな。性格は穏やかで優しくマイペースじゃな。他の動物がよく寄ってくるあたり、確かにお主によく似ておるのう」
どさくさに紛れて、ナナシも笑い声を上げた。その横で、希穂は腹を抱えている。
「確かに! いっちゃん、めっちゃカピバラっぽい!」
「よう考えたら、昔からずっとカピバラやな、壱弥は。のんびりしとるくせ、走ったらバリ速いし」
「健二が言うなら、間違いなく壱弥はカピバラやね」
「樹里までこう言っとるけん、壱弥くんはもう認定カピバラやね。カピバラ要素満載やもん」
香菜が言うと、また車内が笑いに包まれた。
気の置けない友人とは、こういう連中のことを言うのだろう。
会話の内容は子供のころから進歩がないが、いつ会っても他愛ない話やくだらない冗談で笑い合える。
これまで一切喧嘩がなかったというわけではないが、自分を飾る必要がないほどに、それぞれのことを知り尽くした関係だった。
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