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赤ちゃんが、静かに寝ていたら。母親がスマホを見ていたりして、目的地だと気づいて慌てて降りたら。ベビーカーを忘れて下車してしまうことも、ないとは言えない。
信じられない。あり得ない。母親失格。母親の不注意による事故や虐待がニュースになると、そんな非難を安易に口にする人は多い。
けれど、順子はいつも密かに思うのだ。
自分もやりかねなかった、と。
「とりあえず、駅員に相談しましょう。お子さんを保護してくれるかもしれませんし」
「え……?」
気が動転しているのか、彼女は困惑顔で目を泳がせている。階段に足を向けた順子を見ても、一緒に歩き出そうとはしない。
順子は笑顔を作り、口調を改めて問いかけた。
「私は順子です。あなたの、お名前は?」
「……エイコ」
「赤ちゃんの、お名前は?」
「ツェレン、です」
その答えを聞いて、やはり、と思った。彼女の外見は、多くの日本人と変わりない。けれど言葉はたどたどしく、順子の言ったことをあまり理解していない感じがしたのだ。
エイコはおそらく外国人で、日本語があまり分からないのだろう。
そんな状態で、この状況。どんなに不安だろうかと想像すると、胸がぎゅっと痛む。
「エイコさん、電車の人に、赤ちゃんのことを話しましょう。助けてくれる。たぶん」
分かりやすいよう、簡単な言葉ではっきりと話す。するとエイコは潤んだ目を見開いて、コクリとうなずいた。
「助ける、ほしい、です」
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