春の糧

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 この村は所謂アーミッシュの村だ。  古き良き暮らし、極力自然そのままの中で暮らしを行うことを価値としてきた村だ。だからこの村は必要最低限の科学技術しか受け入れない。スマホもPCも、電子レンジもない。特に冬は、複雑な地形と厳しい自然環境がもたらす不規則な風雪にドローンの侵入は防がれ、衛星もその重く掛かる雲に観測を遮られる。外部と情報すらも切断されたこの村の冬は、この世界の数少ない未開の地だ。  そしてこの村では二千年もの長きを先祖代々、同じ暮らしをしていると聞く。私は疑問に思ったのだ。本当に同じ暮らしなどできうるのかと。  何故なら現在はその二千年前とは環境が大きく異なっていた。  その頃から気温は五度下がり、氷河期が訪れていた。八千万年前、気温が七度下がって恐竜は滅んだ。五度は極めて大きな差異だ。海面は下がり、多くの湖沼が凍結し、この村は道を閉ざされ、訪れるのにも随分苦労した。  氷河期の訪れによって最初に変わるもの、それは植生だ。  育つ植物が変わる。現在この村は森林限界、つまり植物が育つ北限に達しているはずなのだ。つまり二千年前に較べて植物は減り、それを食料とする動物が減っているはずだ。つまりそれを食べる人間も数を減らさざるを得ないはずなのだ。  そのような疑問を懐いて、私たちの村での生活が始まった。  極地に慣れない私たちに、生活を指導する村人が一人つけられた。淡い色の髪をした朗らかな若い女だ。おそらく監視も兼ねているのだろう。 「ノニア、アザラシは干肉にするのかい?」 「ええ。今日はたくさん取れましたから」  この短い輝かしい夏に、誰も彼もが歓声を上げた。細い木々には緑が生え、雪解けによって発生した川沿いに生える地衣類の緑は強い日差しを和らげた。川辺に咲く草花を積んで花冠を拵え、夏の訪れを祝った。  長い長い昼が続く。白夜だ。太陽は水平線より上を周り続け、午後九時でも昼のように明るい。光に満ちた不思議な世界。その生命の喜びと煌めきは、私たちにとってこれまで感じたことがないほど美しかった。  寝不足が常に隣に居座っていたが。 「お二人とも、そんなに着込んで暑くないんですか?」 「これでも寒いくらいだよ」  ノニアは不思議そうに私たちに尋ねる。  夏とはいえ、私の生まれた土地の秋ほどの気温だ。厚手の半袖にダウンベストで丁度いい。朝夕は更にジャケットを着込む。その姿を見られるといつも、ふわりと笑われてしまう。 「ノニアが私の国に来たら、暑すぎて茹で上がってしまうね」 「まぁ」
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